限界ニュータウン探訪記

資産価値暴落中! 千葉・茨城の投げ売りニュータウンで意識低い系田舎暮らし

カテゴリ: 限界ニュータウン探訪

 昨今は、新型コロナウイルス蔓延の長期化が影響しているのか、北総エリアでは恒常的に格安中古住宅の品不足が続いている。当ブログ開設当初は、八街や山武周辺であれば、200~300万円台クラスの中古住宅を見かける機会は珍しくなく、そもそもその格安物件の豊富さがブログ ...

 利便性に難のある限界分譲地がひしめく北総において、ひときわ異彩を放っているのが旧下総町(現・成田市)である。旧下総町には、八街や山武、九十九里平野で星の数ほど見かけるような、開発許可の不要な範囲に留めたミニ開発の分譲地がほとんど見当たらない一方で、開発 ...

 現在も延伸工事が続く、首都圏外縁部の環状型高規格幹線道路である「首都圏中央連絡自動車道」(通称「圏央道」)。千葉県内においては、北から神崎町から旧下総町、旧大栄町を結び、未開通区間である大栄IC〜松尾横芝IC間を挟み、山武、東金、大網白里、茂原、市原を経て ...

 先日、僕は「限界分譲地に跋扈する違反業者」の記事の中で、かつての原野商法の被害者だけでなく、一応は住宅用地としても使われている限界分譲地の不在地主もまた、不誠実な業者のターゲットにされてしまっている実情をお伝えした。長年塩漬けにした分譲地を所有し続ける ...

 これまで公開した記事の中で、僕は何度か、分譲地の販売当時の新聞広告を紹介しているが、これらの広告はすべて図書館にある新聞の縮刷版を当てずっぽうに探して見つけたものを複写している。紙面広告には報道記事のような索引もなく、1か月ごとに刊行されている分厚い縮刷 ...

 今から23年前の1998年8月7日、秋田地方裁判所において、あるひとつの住民集団訴訟が提起された。原告は、秋田県からは遠く離れた千葉県山武町(現・山武市)の住民24名。被告は、秋田県、秋田銀行、北都銀行、そして、秋田杉の需要拡大を目的に1982年に設立された第三セク ...

 既にTwitterでもお知らせしているのでご存知の方も多いとは思うが、僕は今回、それまで就いていたバス運転手の職を辞して、地元の不動産会社に転職することになった。不動産のブログを書いているとは言え僕自身は不動産業界は未経験であり、特に不動産投資の経験もなく、そ ...

 少し前の報道になるが、2020年9月21日付の『千葉日報』において、不動産ポータルサイト「LIFULL HOME'S」を運営する株式会社LIFULLが、首都圏一都三県の、物件問い合わせ数の増加率を駅ごとに集計したところ、なんと八街(駅)が賃貸物件の上昇率1位という結果が出たこと ...

 北総ではしばしば、市域、町域のはずれに位置する分譲地を見かける。中には、はずれどころかほぼ境界線上にあったり、時には境界線を跨ぎ、同一の団地でありながら区画によって属する自治体が異なるような、住民コミュニティの分断を前提としたフザケた分譲地も存在する。 ...

 前回の「総武台団地」の記事でも触れたように、開発ブームが始まった1970年代初頭から、バブル崩壊後の90年代初頭頃までにおける新聞紙面上の不動産広告は、そのほとんどが、今日でもその名を聞く大手デベロッパーの手による大型分譲地や分譲マンションの広告である。当ブ ...

 先日、別の記事の執筆にあたり、過去の新聞報道記事を参考資料として引用するため、図書館に赴いて朝日新聞や読売新聞などの全国紙の縮刷版に目を通す機会があった。その際気付いたのは、70年代から80年代にかけての新聞紙面広告、それも週末のものは、おそらく多い時期は3 ...

 1970年代の後半より、バブル崩壊後の90年代初頭にかけて、全国に類例を見ないほどの無秩序な別荘地の乱開発が進められてきた茨城県旧鹿島郡大洋村。それは開発ブームのさなか、次々と村外業者の手に渡った山林が、折からの別荘ブームに乗じて首都圏近郊の別荘地として転用 ...

 70年代半ばから開発が始められた千葉県の限界分譲地は、既存の農村集落からは離れた山林や田畑の片隅に位置するものが多い。元々は土着の地主が所有していた山林や農地を、開発業者が取得して開発を進めたものだが、地主にしても、自宅から近い田畑や土地を優先して手放す ...

【前編からの続き】 「真鍋レポート」で扱われた分譲地を離れたあとは、さらに奥の分譲地へと足を運んでみる。航空写真を見るとよくわかるのだが、この先の分譲地は、ここまで訪問した、直線の私道の脇に均等に区画割りされた分譲地ではなく、入り組んだ急カーブの周辺に、 ...

 僕自身が現在、茨城県の旧大洋村の別荘地に新たな課題やヒントを見出してることもあって、ここ数回の記事はどれも大洋村の訪問記となっているが、その記事に添えた画像のほとんどが、既に朽ち果てた別荘の廃屋が立ち並ぶ寒々しい光景ばかりなので、読者の方の中にはもしか ...

 大洋村の別荘地、それも特に70年代後半〜80年代にかけて開発・分譲された別荘地を特徴づけるもののひとつが、コンクリートブロック基礎や板張りの外壁などの簡素な建材と建築方法によって造られ、立ち並ぶ「ミニ別荘」の存在である。以前紹介した筑波大学大学院の修士論文 ...

 2019年の台風15号通過後、僕は知人の案内で、かつて別荘地の乱開発に晒され、今なお多くの廃別荘が残る茨城県の旧大洋村(現・鉾田市)を訪問したことは既にお伝えした。その光景は、それなりに千葉の限界分譲地は見慣れてきたと内心自負していた僕も強い衝撃を受けたもの ...

 数か月振りのブログ更新となる。台風15号の襲来後、更新が途絶えていたことに関しては、その後に再び関東地方は台風19号や豪雨に見舞われたためとか、僕の勤務先が人材難に喘いでいて連日の長時間勤務で疲れ果てていたとか、例によって言い訳が山盛りなのであるが、一番の ...

 山武杉が立ち並ぶ森林地帯を抜けたあとは、九十九里平野に足を伸ばして被害状況の確認に回ったが、探索日にはすでに、平野部では停電の解消も進み、山間地で時折見られた給水所の施設もなく、一見すると平穏を取り戻しているかに思われた。 もちろん、山間部、平野部問わ ...

 【おことわり】現在、台風15号による停電の影響で、当ブログ管理者の自宅はスマートフォンのデータ通信、およびWi-Fi環境が事実上寸断されている状況のため、出先にてスマートフォンアプリを利用してブログ更新を行っております。そのため、本文を数篇に分けており、また誤 ...

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