限界ニュータウン探訪記

資産価値暴落中! 千葉・茨城の投げ売りニュータウンで意識低い系田舎暮らし

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限界ニュータウン

 北総、と言うより千葉の田舎は、幹線道路や高速道路のインターチェンジ付近にラブホテルをよく見かける。僕はラブホテルの業界事情には詳しくないのだが、自治体やエリアによってその頒布状況にはばらつきがある。例えば僕が暮らす八街市は、市街地から遠く離れた市南部エ
『八街市東吉田  ラブホテルを取り囲む分譲地』の画像

 いずみ台ローズタウンは、千葉県の県都であり、政令指定都市である千葉市若葉区多部田町にある。千葉市は100万人近い人口を抱える県下最大の都市だが、若葉区は緑区と並び未だ区内に広い農村地帯を抱えるエリアである。若葉区内における交通機関は、近年オシャレな新型車両
『いずみ台ローズタウン』の画像

 千葉県道22号線を八街市内から山武方向に進むことおよそ8㎞。山武市埴谷の古い集落を抜けると、周囲は畑の他に杉林が目立つようになり、人家もまばらとなってくる。麻生新田はその名の通り古い開墾地だが、この先、松尾町方面に向かっては広大な山林が広がる地域で、ゴルフ
『山武市麻生新田 森林地帯のはずれの分譲地』の画像

 東金レイクサイドヒル八坂台は、東金線の東金駅から北西におよそ2㎞の位置にある住宅地。2㎞というと比較的近く感じるが、その道程のほとんどが丘陵の斜面に設けられた勾配の強い道路で、駅徒歩圏内と言うには少し厳しい立地条件だ。近隣には日吉台という、バブル期に居
『東金レイクサイドヒル八坂台 (クレオの杜)』の画像

 八街市の滝台は、市の最南部、東金市と隣接した地域である。地名の由来は「山田台」同様、東金の滝地区に隣接した台地上の地域ということで、開拓時代に「滝台」と名付けられたが、旧開拓地である一方、奈良時代の作成と思われる「山辺郡印」の銅印が地区内の遺跡(滝台遺
『八街市滝台 オフロードコースと化した分譲地』の画像

 東金市の滝沢は、東金線の東金駅から北西におよそ9㎞。以前紹介した極楽寺地区同様、やはり八街市との境に位置する静かな農村地帯である。しかし滝沢の場合、総武本線の八街駅からも8㎞ほどの距離があり、隣接する八街側もかなりの僻地のため、周囲は農家の他は工場や資材
『東金市滝沢 万策尽きたミニ分譲地』の画像

 このブログは物件情報というよりもその立地や住環境の紹介に主眼を置いていて、特定の物件についての詳細なレビューは、基本的に行っていない。僕は北総の物件情報はアットホームやホームズ、ヤフー不動産などのポータルサイトでほぼ毎日「価格の安い順」に並べ直したうえ
『八街市山田台 築17年の未入居住宅』の画像

 八街市の山田台は、八街市の最南部に位置する旧開拓地の1つである。「山田台」という地名は、元々東金にある「山田」地区に近接した丘陵上の台地に切り開かれたことに由来するもので、近年開発された新興住宅地によくある「〇〇台」よりはずっと古い地名だ(同様の地名とし
『八街市山田台 小屋とタイニーハウスの分譲地』の画像

 日豊しもふさ緑が丘団地は、以前紹介した成田市成井のビバランド団地の少し西に位置する、総区画数200~300程度の住宅団地である。造成時期もビバランドとほぼ同時期で、分譲後しばらくは住宅建築がまったく進まなかった点も同様だ。団地の読み方は鉄道の日豊本線同様「に
『日豊しもふさ緑が丘団地』の画像

 千葉県には、これまで紹介してきた限界ニュータウンとは別に、「放棄住宅地」と呼ばれる、住宅の建築はもちろん、宅地の販売そのものも事実上凍結状態にある旧分譲地が散在している。10~20区画程度の小規模な放棄住宅地は、軽く調査していれば割と目にする機会が多いが、
『成田市臼作 無住の放棄住宅地』の画像

 イーストブルータウン八街は、八街駅から南西におよそ3㎞。江戸時代は「東吉田村」と呼ばれた、旧川上村エリアの東吉田地区にある。川上村は1954年に当時の八街町に吸収合併されて消滅したが、町域の大半が明治以降の開拓地である八街町に対し、川上村は古くから続く旧来
『イーストブルータウン八街』の画像

 Twitterでは既にお知らせしているのだが、僕は現在私用で千葉を離れていて、限界ニュータウンの探索ができない。そこで今日は「こぼれ話」などと勿体ぶったタイトルで、さもここでしか聞けないような裏話であるかの如く装ったうえで、本来ならばブログに出す価値もないよう
『未公開写真と探索こぼれ話』の画像

  東金市の極楽寺は、八街駅から南におよそ4㎞。八街市と東金市、山武市の境界に位置する古くからの農村地帯である。この辺りは3市の市境が複雑に入り組み、飛び地もいくつか見られるが、東金の市街地からは遠く、住民の多くは日常の買い物などは八街市内で済ませていると
『東金市極楽寺 建築途上で放棄された建売住宅』の画像

 前回紹介した山武市横田の森の中の分譲地を、更に最寄のバス停から遠ざかる北東方向へ進んだ先にも、より一層寂れた誰得ニュータウンがある。 元々快速もほとんどなく(早朝1本のみ)、不便で都心までの通勤には不向きであるとの評判である総武本線の八街駅から、1日数便の
『むつみ台団地/火野口台団地』の画像

 山武市の最北部に位置する横田地区。人知れず山武市のコミュニティバスの路線も姿を消し、交通手段は乗り合いタクシーに切り替えられ、もはや建売販売の業者からも忘れられつつある寂しい分譲地がポツポツと点在する。住宅の数より、更地に掲げられた草刈業者の看板の方が
『山武市横田 森の小路を抜けた先の小さな分譲地』の画像

 山武市の沖渡(おきわたし)は、旧山武町の中心部であった日向駅周辺よりも、八街駅の方が近い立地にある、八街と山武の境に位置する地区である。八街側にも同名の地区が存在するが、これはまだ交通の発達していなかった昭和20年代、当時の日向村(現山武市)中心部へのア
『山武市沖渡 建築途上で放棄された建売住宅』の画像

 八街市の沖地区は、総武本線の八街駅からおよそ9km。江戸時代は「小間子牧」と呼ばれた野馬の放牧地だった荒れ地であり、明治維新以降、職を失った士族などの窮民対策事業として開墾が進められた旧開拓地の一つである。今日でも平坦な台地上に広大な畑が広がり、風は吹き荒
『八街市沖 役目を終えつつある最果ての分譲地』の画像

(2018年6月8日追記) コメント欄よりご指摘を受けていますが、この記事には事実誤認による誤った情報がいくつか含まれております。追記として訂正もしてありますが、再調査も行っておりますのでそちらも併せてご覧いただければと存じます。 住んでいる方にはのっけから失
『横芝光町宮川 川沿いの忘れられた分譲地』の画像

 外記林団地は、あしかば団地の北、丘陵上に広がる広大な畑の中にある。「外記林」とはこの辺りの字で、「げきばやし」と奇妙な読み方である。(注;コメント欄より読者の方から情報をいただき当初の記述より訂正致しました) 公立の小中一貫校である「下総みどり学園」からも
『外記林団地』の画像

 あしかば団地は、成田線の滑河駅からおよそ4㎞、谷津田に面した丘陵の斜面上にある。漢字では「芦ヶ場」と表記するようだが、団地名は平仮名で表記されている。区画数は、航空写真で見る限り造成当初は100区画前後に区画されたと思われるが、未利用地が多くはっきりしない
『あしかば団地』の画像

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