当ブログは、基本的に僕が居住する千葉県の、主に成田空港周辺と九十九里平野に残る古い旧分譲地の紹介をしているものだが、それらの分譲地の情報源のひとつが、アットホームなどの物件情報ポータルサイトである。

 すなわち、限界分譲地を盛んに扱う特定の仲介業者の物件や、周辺に空き地の目立つ物件画像、諦めプライスに突入した物件などの所在地をグーグルマップの航空写真で確認し、現地を訪問している。

 物件情報の確認はほとんど毎日行っていて、買う気もないくせに常に新着物件のチェックをしているのだが、しばらく前から、僕は北総の物件情報の他に、茨城県の鉾田市の物件情報も併せてチェックするようになった。

 ここはメディア等でも時折取り上げられることがあるらしいので、ご存知の方もいるかもしれないが、旧大洋村(2005年に鉾田市と合併し消滅)エリアは、70年代以降、別荘地の開発・分譲が「盛んに」というレベルをはるかに超える規模で行われ、無数のB級別荘地が誕生し、そして現在、それらの別荘の中古物件が、それこそ北総の格安物件とは比較にならない安値で投げ売られている地域である。
20190914_193658
鉾田市の旧大洋村で販売される中古別荘の物件広告。(アットホームより転載)
IMG_20190914_093739
旧大洋村に今も残る昭和の旧別荘地。

 北総とは異なりこれらの別荘は、純然たる別荘利用を想定して販売されたものであり、北総のように投機目的が先行して更地で取引されたものは基本的にはないのだが、まだ住宅難の時代、一般の住宅も安普請の家屋が多かった70年代の別荘はあまりに簡素な材質の、小屋と呼んでも差し支えのないものがほとんどで、今日ではその多くが廃屋と化し、本来は別荘を彩るために植えられたヒバ等の樹木も大きく成育し、完全に雑木林と化した別荘地の奥深くに数多く眠っている。
IMG_20190914_104944
IMG_20190914_105502
鹿島臨海鉄道大洋駅。
IMG_20190914_105211
大洋駅周辺には商業地もなく、駅周辺にも別荘らしき家屋が点在している。

 そんな大洋村の別荘の存在は以前から耳にしていたものの、特に鉾田に地縁もない僕は、これまでそれらの別荘地を訪問する機会はなかったが、今回、運良くTwitter上で以前より交流のあったA氏(仮名)より、父が70年代後半に取得した大洋村の別荘と山林を、今でも所有しているので案内しますとのお申し出を頂き、念願の大洋村訪問が叶うことになった。

 本来は、僕自身の家作りの参考として、大洋村の小さな別荘を見学することが目的で、ブログ記事にする予定はなかったのだが、いざ現地に赴いて、数分で記事化を決意したものである。今回は番外編として、気軽にお読み頂きたい。
IMG_20190914_093558
 ちなみに余談であるが、A氏のお父様は、投機ブームが加熱した70年代にあって、ほとんど趣味に近い動機で大洋村や旧下総町の山林や分譲地を取得して畑などを作り、A氏自身も幼少期より大洋村の山林の開墾に駆り出された経験があり、そのA氏自身もその山林に物置小屋をこしらえたり、そして現在は千葉県内の某限界ニュータウンに住宅や土地を所有して居住しているという、父子揃って、どこを突付いても題材しか出てこない、完全に当ブログで書かれる宿命を背負っていたと言える稀有な方である。

 奇しくも、訪問日の数日前に台風15号が房総半島を襲い、僕の住む芝山町も含め、千葉県全域が大規模な停電に見舞われ、住宅の損壊などの大きな被害が出ていたのだが、鉾田市も含めた茨城県も同じく停電に見舞われたとの情報もあり、結果的に今回の訪問はA氏にとって、既に築年数の経過した別荘の安否確認を兼ねるものとなった。


 鉾田市まではA氏の自家用車で訪問した。台風被害を避けてご実家に避難されていたA氏に、芝山町の僕の自宅まで迎えに来ていただいて、新空港道の成田空港インターより東関道を経て潮来インターより下道で鉾田に向かう。所要時間は成田から鉾田までおよそ1時間半。A氏と実際にお会いするのは初めてであったが、共に限界ニュータウン在住ということで車内で会話が弾んでいる間にあっという間に到着した。案外遠くない。

 鉾田市内の旧大洋村、大洋駅周辺は地形も平坦で、幹線道路沿いの雰囲気は房総の田舎町のそれとあまり変わらないが、A氏の別荘を目指し横道に入ると、明らかに一般の民家と異なる規格の、ひと目で別荘と分かる可愛らしい小さな建物が目についてくる。しかし、畑と、何の変哲もない民家が点在する中に別荘が所々に並んでいるだけで、率直に言ってリゾート的な雰囲気はまったくない。廃屋と化したものもあり、投機商品では無かったとはいえど、やはり当時の開発ブームに後押しされた乱開発の産物であると言わざるを得ない。

 なお、市内に台風の爪痕はあまり見られず、千葉県と比較すれば被害状況は軽微であったと言えるが、一部の廃屋化した別荘は、屋根材が剥がれてしまっているものも見受けられた。IMG_20190914_093736
元々傷みはあったのだろうが、おそらく台風の影響で損壊が進んだと見られる廃別荘。

 A氏の所有する別荘地へ至る道路は両脇に藪や雑木林が迫る未舗装道路で、普通車が辛うじて通行できる程度の幅員しかない。北総基準で考えても、とてもこの先に分譲地が存在するとは思えない道で、A氏自身この別荘は、幼少期から慣れ親しんだとはいえ今となってはあまり利用する気になれず、今回は数年振りの訪問となるそうである。

 別荘地の入口付近の家屋は、今でも居住者がいて普通に利用されている。その価格の安さから、永住目的で取得する方も少なくないらしい。しかし、一歩奥へ進むと、台風の影響で路上に葉や小枝が散乱しているのはともかくとして、大半の別荘が既に廃屋と化し、もはや朽ち果てて、到底リフォームなど不可能な状態であった。
IMG_20190914_093115
雑木林の中にあるA氏の別荘地。居住中の別荘は適切に管理されている。
IMG_20190914_091703
台風の影響で、電線が落ち、枝木が散乱していた。
IMG_20190914_091656
IMG_20190914_091834
IMG_20190914_092149
多くの空き別荘が既に廃屋となり、朽ち果てている。

 空き別荘の多くが廃屋となってしまっている現状は、事前にA氏から聞かされてはいたのだが、やはり聞くと見るとでは大違いで、北総の限界分譲地でも、これほど朽ち果てた家屋が立ち並ぶところはこれまで見たことがなく衝撃的な光景であった。数年振りに再訪したA氏もまた、加速度的に崩壊が進む別荘地の現状に驚かされたようである。前回訪問した数年前と、状況はまったく異なっているようだ。
IMG_20190914_092355
 幼少期よりこの別荘地を訪問していたA氏は、今となっては廃墟と化したこれらの廃別荘の所有者の方々の動静もよくご存知で、やはりほとんどが既にお亡くなりになっているそうなのだが、まだ現役だった頃は、別荘の庭に池をこしらえたり、ゴルフのスイングの練習をしていたりと、当たり前だが普通の別荘として利用されていたそうである。だが、今のこの別荘地の現状からは、とてもそのような光景を想像することができない。
IMG_20190914_091924
 問題なのは、終の棲家として購入されてお住まいになられていた方の中には身寄りのない方もいることで、A氏も隣地の登記簿を取得して所有者情報を確認したこともあるそうなのだが、名義はやはり亡くなった本人のままであり、すなわち現在は所有者不在の状態である。A氏のお父様がこの別荘地を取得したのは1978年。開発時期を考えても、当初の取得者はかなりの高齢のはずで、市内には、おそらく相当な数の所有者不在物件が取り残されているはずである。
IMG_20190914_091750
 朽ち果てた別荘は骨格も歪み、近寄るのも危険であると思われるものもあったが、壁や窓が崩落している家屋を覗いてみると、中には生活用品が散乱し、古びた家電品も残されていた。材質は簡素なもので、行き止まりであるので所有者以外が立ち寄る可能性もほぼなく、崩落したところでそれが直ちに問題となるわけでもないだろうが、所有者情報も散逸し、既に再利用もできなくなったこの廃屋と残置物を、いったい誰が処理するのか。鉾田市にとって、あまりに大きな負担と言わざるを得ない。IMG_20190914_092234
IMG_20190914_092246
廃別荘の内部。残置物がそのまま残されている。
IMG_20190914_093250
崩落した廃別荘。

 A氏の別荘が無事であったことを確認したあとは、A氏の物置小屋がある別地域の山林を見学しに行ったのだが、ここは分譲地ではないので割愛する。ただその近隣にある別荘地を少し散策してみると、いくつかの別荘では、居住者なのか、それとも遊びに来ているのかわからないが、所有者の方が庭で畑作業をしている姿を見掛けた。しかしどの方もかなりの高齢である。

 道端に、開発業者のものと思しき看板があったのだが、「247期」などと想像を絶する販売期の記載がされていて、いったいこの町にはいくつの分譲地があるのか、考えただけで気が遠くなる思いであった。しかし、道端にある井戸ポンプの倉庫は、別荘の建物を模した、景観を意識した可愛らしいもので、いかに乱開発の産物と言えど、ここはやはり紛れもなく別荘地なのだ。IMG_20190914_100215
A氏の山林近くにある別の分譲地。
IMG_20190914_100301
IMG_20190914_100408
いくつかの別荘では、所有者の方が畑作業をする光景が見られた。しかしいずれの方もかなりの高齢である。
IMG_20190914_100155
常識外れの販売期が記載された開発業者の看板。
IMG_20190914_095311
別荘の建物を模した可愛らしい井戸ポンプ倉庫。

 さて、これらの大洋村の中古別荘であるが、冒頭で述べたように、物件広告はポータルサイトに大量に掲載されている。後に建て替えられた新しい別荘は、それなりの価格を呈示しているものも多いが、一例として紹介した広告のように、分譲当初の簡素な古別荘は、それこそ土地値としても底値以下と思われる価格で販売されている。広告を出しているのは大半が地元業者なのだが、はて、こんな価格で商売が成り立つものなのだろうか。
IMG_20190914_103035
冒頭で広告を紹介した28万円の売別荘。

 広告をよく見ると、この辺りの物件は、業者自身が所有する売主物件が多い。僕はTwitterで、過去にこの辺りの売別荘を取り扱う仲介会社に勤務していた方からも情報のご提供を頂いているのだが、その方によれば、この手の売物件は、それこそ処分に困った元所有者から、5万円程度の衝撃価格で仕入れ、家屋によってはリフォームなどを施して、売主物件として販売しているそうだ。

 実際A氏も、所有する山林に近接する空き家を、400万円で買わないかと業者に持ちかけられ、そんな高いのなら自分の別荘を買い取ってくれと言ったところ、なんと10万円という、相手を間違えればストリートファイト勃発不可避といった査定をされたそうである。

 それにしても5万円とは、まさに、ハウスメーカーお得意の「今払っているお家賃で家が買えます」の謳い文句の文面そのものであり、ここまで安い理由は、もちろん需要がないことが1番の理由であるが、造りが簡素なことと、別荘地なので多くの場合、集中井戸などの管理費が発生するためである。

 元値を知ってしまうと、どんな物件も高く感じてしまうものであるが、しかしよく考えてみれば、こんな価格帯の中古物件では、法定の仲介手数料だけでは到底商売など成り立つはずがない。業者自身が買い取り、手間賃を上乗せして販売する手法のみが、現状では、この大洋村で業者が生き残る唯一の手段であるのだ。

 もちろん中には、法外な手間賃を上乗せして、相場に疎い買主に売りつけたり、実際に売却を成功させる意志もなくただ売主から高額なリフォーム代金をせしめることを目的とした悪質な業者もあるそうなのだが、すべての買主が、自分で登記簿を確認し、所有者と交渉して買い付ける術を持つわけでもなく、これ以上の死に在庫の増加を食い止めるためにも、一概に否定できることではないのかもしれない。


 それにしても、北総と大洋村では、同じ限界分譲地でありながら、その開発の経緯も、分譲地の現状も、そして現在の流通形態も、両者はまったく異なるものであった。鉾田には、鉾田に根差した市場がある。互いに反面教師として、参考に出来る部分もあろう。僕が土地を所有する芝山町と横芝光町を擁する千葉県山武郡と茨城県鉾田市を、今回の訪問をもって、互いの首長の承諾を得ることもなく、住民の了承も得ず、無断で勝手に姉妹都市として締結することをここに宣言する。
IMG_20190914_093304


※この別荘地は知人の所有地も含まれているため所在地の公表を控えております。