山武市の最北部に位置する横田地区。人知れず山武市のコミュニティバスの路線も姿を消し、交通手段は乗り合いタクシーに切り替えられ、もはや建売販売の業者からも忘れられつつある寂しい分譲地がポツポツと点在する。住宅の数より、更地に掲げられた草刈業者の看板の方が明らかに多いと思われ、バブル時代の中古物件は販売開始価格が300万円台にまで落ち込んでいる。
そんな横田にある山武北小学校前の県道45号線から、雑木林の間に切り通された、車一台がやっと通れる程度の細い小路を少し抜けたところに、今回紹介する分譲地はある。
ここは総区画数が20程度の極めて小規模な分譲地で、分譲地内の街路は口の字状に形成され先に抜ける道はない。分譲地の隅から隣接する畑から一部見通しは利くものの、周囲のほとんどが雑木林に覆われている。
住宅はわずか4戸のみ。しかもそのうちの1戸は空き家で、つまりこの分譲地は3世帯しか住んでいない。古い農村集落であればもはやカウントダウンの段階だ。それでも分譲地内にはゴミの集積所が設けてある。それでなくても元々小さな散村が点在していただけの山武で、近年になって突然限界集落が倍増してしまった山武市当局の苦悩は察して余りある。
分譲地内は人の気配もなく、県道を走行する車両の通過音が時折聞こえる他は静まり返っている。考えてみれば不思議な分譲地だ。建物を見ての通り、築年数はせいぜい30年弱で、つまりここの住民は、入れ替わりがなければ、それまで異なる生活を送ってきたのが、ある時期に突然こうしてご近所さん同士となり、それから今日まで、この静かな森の合間で時を刻んできたことになる。僕は地方都市の郊外の出身で、これまでいくつもの町や村で暮らしてきたが、さすがにここまで世帯数の少ない集落で暮らしたことはない。
一体、ここでの暮らしはどんなものなのだろう。ご都合主義のラブコメ漫画であれば、向かいの家には幼馴染みの同級生がいて、主人公にきわめて都合の良いストーリーが展開されていくかもしれない。あるいは逆に、鉢巻きに懐中電灯を差した田治見要蔵みたいな奴が日本刀で襲い掛かってくる被害妄想が頭から離れない人もいるだろう。
気の合う仲間となって、夏は仲良く空き地でバーベキューでも出来れば楽しそうだし、はたまた、サークルの合宿所や、昨今話題の民泊とか……などなど、現在もなお居住中の方がいらっしゃるにもかかわらず、失礼ながら思わず勝手な空想(妄想)をしてしまう、何とも不思議な魅力がある分譲地だ。
世間には、遠い寒村の寂れた無人駅に惹かれるような嗜好の方も少なくないと思うので、僕のこの感覚も、何となくご理解頂ける方もいると思う。ただあいにく妻はいたくお気に召さなかったようで、お前こんな土地見に来て、真面目に土地探す気あんのかという冷たい視線を投げ掛けてきたので、残念ながらここは選外となってしまった。
まあ実際のところは、確かにこの分譲地にもいくつかの売地はあるのだが、今から新たに飛び込むにはコミュニティが小さすぎるし、今は冬場だから良いものの、ここは夏場は猛烈な藪や雑草に覆われてしまう紛うなき限界分譲地なので、現実はまったく甘くないのだが、でも、もしキチンと相場通りの価格で査定してもらえれば、恐らく都内で一軒家を買うよりも安い金額で全区画買い占め出来ると思うし、それで空き地をキレイに整備すれば、雰囲気は良くなるのになあ、と、やはり勝手に思いを巡らしてしまう、そんな分譲地なのであった。
森の小路を抜けた先の小さな分譲地へのアクセス
山武市横田
- 総武本線八街駅より八街市ふれあいバス「東コース」 後野分バス停下車 徒歩12分
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