のび太のパパはどんな土地を見てきたか

山武市

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 漫画『ドラえもん』の第12巻に掲載されている「ゆうれい城へ引っこし」の回の冒頭は、のび太のパパが、土地か建物かの描写はないが不動産の下見を終えて帰宅するシーンから始まる。「どうでした?」と聞くママに、浮かない顔で「ちょっとね…」と不満げなパパは、次にこんなことを言う。

「会社まで二時間かかるのはいいとして、土地が谷底みたいなとこなんだ。ちょっとした雨で水びたしだよ」
「用意できる資金は一千万円がせいいっぱいだしな…ローンやら退職金の前借り……まだとうぶん借家ぐらしが続きそうだな」

 この第12巻は初版が1976年であり、ちょうどこのブログでも扱ってきたように、これはまさに郊外での荒っぽい宅地開発がピークに達していた時代の作品だ。作中、のび太のママが「近くていい土地は高すぎて手がでませんしね」と言うように、当時、のび太のパパのような安月給のサラリーマンが家を持つには、通勤に2時間掛かるような立地でなければ到底手が届かなかった。今日の感覚で限界ニュータウンの立地を嗤うことは容易いが、当時はそんな立地でも妥協せざるを得ない住宅事情があったのは事実である。

 ドラえもんも、過ぎ去った時代背景を読み取れるような作品になってきたものだと思うがそれはいいとして、さて、ではのび太のパパは、果たしてどんな宅地を下見に行ってきたのだろうか。

 冒頭の画像は、山武市木原にある谷津田である。日本中のどこにでも見られる光景であるが、千葉県においても、古くから平野部の他に、こうした丘陵地が侵食して形成された谷戸においても稲作が行われてきた。

 ところが高度成長期を迎え、宅地開発の波が農村部にまで押し寄せるにつれて、一方では農業人口の減少にともない休耕地は増加し、やがて、山を削るような大規模な造成工事が必要なく平坦で、しかしながら稲作においては生産効率の高くない谷津田まで宅地転用されるケースが増えてきた。

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丘陵の侵食地に広がる谷津田。

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休耕地となったかつての谷津田跡。

 しかし谷津田というものは本来、その地形を見ればお分かりのように、侵食地形の低地であり、住宅利用には適していなかった土地である。河川との高低差もなく、水は溜まりやすく、地盤は軟弱だ。だからこそ水田に適していたのであり、そして河川の氾濫が多い日本では、低地の水田を冠水時の水の逃げ場としても利用することによって、住宅への被害を可能な限り軽減してきた。

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谷津田の中に平然と造られた分譲地。

 にもかかわらず山武においてはこうした谷津田にも数多くの分譲地が造成され、平然と住宅が建てられている。少し盛土して田んぼとの高低差を設けている宅地もあるが、上の画像の宅地などはもはやごまかす意思も見られず、高低差もまったくない。豪雨の際には冠水してもおかしくない地勢である。

 実際、山武市の谷津田の間を流れる作田川は、平常時は川幅も狭い小川であるが、豪雨時には増水、氾濫することもあり、YouTubeにも、作田川の増水時に危うく浸水しかけている谷戸の分譲地の姿を撮影した動画が上げられている。

参考映像:
台風26号@千葉県山武市 作田川氾濫の様子

 また山武では過去に、このような田んぼや沼地を埋め立てて建築された秋田県の第3セクターの建売住宅が、ことごとく地盤沈下などの問題を引き起こし、購入者が集団訴訟を起こすという事件があった(秋住事件)。

 尤も、人間の文明は河沿いの地域から発祥したもので、今日でも大都市の多くは河口付近の低地に位置しており、この災害国日本では、地盤の良し悪しだけで居住地を決めてもいられない事情もあるが、こんな緑の残る農村に宅地を展開するのなら、せめて自然現象に抗うことのない立地を選定すべきだった。

 のび太のパパが言っていた、都心の会社まで2時間掛かる、谷底のような、雨で水浸しになる土地というのは、まさしくこのような、無理に造成された限界ニュータウンであったのだ。

コメント

  1. ちへ より:

    いつも楽しく読ませてもらっています。
    こちらの記事冒頭ののび太のパパとママのやり取りのコマが、ドラえもん公式X(ツイッター)に投稿されていました。
    https://twitter.com/doraemonChannel/status/1697414762265747965
    冒頭のやり取りの深刻さから、いきなりドイツのお城を買う話に持って行くのは凄いなと思ってしまいます。

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