人口増と地価高騰、そして都市の肥大化が急速に進んだ70年代以降の日本は、単純に郊外の開発が進んだというだけでなく、そこに住む人々の住まいのあり方も大きく変貌した。幾部屋もの続き間で構成された伝統的な日本家屋は、家族一人一人のプライベートな空間を確保しにくく、それは次第に西洋式の生活習慣の普及や進学率の上昇などとともに敬遠されるようになり、核家族の世帯では一部屋ごとに独立した間取りの家が主流になっていく。家屋に求められる条件は時代とともに変遷しているが、基本的には今日においても、居室が独立した構造の住宅が主流であることは変わらない。今なお日本家屋のイメージが強い農家の住宅も、近年はハウスメーカーによる現代的な建築のものもよく目にする。
光風台19780623朝日
1978年6月23日付の朝日新聞に掲載されていた、市原市・光風台団地の分譲広告。「パパ!勉強部屋をありがとう」のキャッチコピーにあるように、進学率の上昇とともに子供にも独立した居室が求められるようになった。

 特にバブル期に建築された家屋の中には、地価高騰のあおりを受けて、限られた建築面積で、強引に部屋数を増やしたようなものも見受けられる。そしてそのことが、二階家より大きな建築面積を要する平屋が主流である日本家屋の衰退を、より一層加速させるものとなったわけであるが、困ったことに少子化が進んだ今日においては、物件市場において部屋数の多さそのものが問われることは少なくなり、古い規格の住宅は次第に今日のニーズから取り残され始めている(逆に小さな平屋の人気が高まっていたりする)。

 また、数十年前に取得した家に現在も居住している方も、子供が独立して家を出て行ってからは、部屋だけが余ってしまい、使い道もなく持て余している方が多いのが実情である。ほかならぬ僕の実家も、今は年老いた両親が二人で住むのみで、今は複数の部屋が物置と化している。
IMG_20210224_133947
IMG_20201220_122148
高度成長期以降、家屋は独立性のある居室を設けたものが好まれるようになり、限られた面積で可能な限り居室数を確保したものが目立つようになった。

 もともと都市部通勤者のベッドタウンとして開発された郊外部において、この、過ぎた時代の規格で建てられた住宅は、利便性と並び、郊外型住宅団地の抱える新たな問題ともなっている。すなわち郊外型住宅団地は、その家屋も含め、ある一つのパターンの生活を想定した機能に特化しすぎており、飲食店や宿泊施設にも転用されるケースも多い農村部の古民家とさえ比較しても、住宅団地はファミリー向け住宅以外のニーズが広がらず、転用が進まない傾向が見受けられるのである。

 今でも十分ベッドタウンとして機能する程度の利便性が確保されている所ならともかく、都心回帰と人口減が進んだ結果、既に本来のベッドタウンとしての役目は終えつつある住宅団地が増加していることは、もはや改めて指摘するまでもないだろう。
IMG_20210224_135540
郊外型住宅団地は子育て世代のためのベッドタウンとしての機能に特化しているために、他用途への転用が進みにくい。

 こと、当ブログで紹介するような限界分譲地においては、公共交通機関の衰退や少子化に伴う小中学校の統廃合など、そもそもその地域で子育てを行う際の大前提である交通や教育などのインフラストラクチャー自体が消滅の方向に向かっていることもあり、今も点在するバブル時代の戸建ては、年老いた元の所有者が今も暮らしているケースを除けば、廉価な借家として使われるか、僕たち夫婦のような子供のいない家族向けの住宅として使われるかのいずれかで、どちらにも使われることなく放置された空き家も少なくない。

 昨今はボロ戸建投資ブームとやらで、そんな戸建も次々に投資家の手にわたり賃貸物件として再生されてはいるが、貸家であろうと根本的にファミリーで暮らすのに適さない立地であれば結局のところ問題点は変わらず、家余りが確実となった今、その住宅団地を維持するためには、単にインフラ面などの住環境を整えるだけでなく、もはや古い時代の遺物ともなりつつある団地の家屋そのものの新しい使い方も模索していかなくてはならない。
IMG_20210224_134050
 さて前置きが長くなってしまったが、今回はいつもとは趣向を変えて、そんな古いバブル期の戸建てを、2年間にわたって業者を入れずすべて独力でリフォームし、自分専用の城に作り変えてしまった僕の知人の話を紹介したい。知人のK氏は今はまだ独身でありながら、千葉県栄町の某住宅団地にある、築30年で建坪40坪強、5SLDKにも及ぶ間取りの大型住宅を750万円で取得し、その有り余る部屋をすべて自分の趣味の部屋として模様替えし、優雅な独身生活を謳歌している。

 本来ならこのようテーマでは、僕自身が自分の家を紹介すべきなのだが、あいにく僕も妻もインテリアと言うものに一切関心がない性格である。ジモティーなどで安売りされている家具を、入手した順に奥から並べておけばそれで満足する性格で、ゴミ屋敷ではないと思うがあまりマメに片づけているとも言えず、そんな我が家にはとてもモデルとして紹介できる要素がないので、今回は「結婚することになったら、もう1軒別の家が必要だ」と豪語するそんなK氏の住まいを紹介することによって、住宅団地の新たな利用方法を模索する一助となることを期待したい。


 K氏が暮らす栄町は、当ブログで紹介するような、畑や雑木林を適当に切り開いて乱開発されたミニ開発地こそ見当たらないものの、今となっては交通利便性の面で競争力の劣る立地に、大規模な住宅団地がいくつも切り開かれている町である。郊外団地を抱える他自治体同様、栄町もある特定の年代において、大量の人口流入が集中的に発生したために、時を経て現在、栄町の高齢化率は県内でも上位となってしまい、町は強い危機感をもって移入の呼びかけを続けている状態だ。K氏の住まいも、「限界ニュータウン」との呼称を冠すにはまだ早すぎるとはいえ、地区内に存在した商業施設も今は閉業し、高齢化と人口流出に悩む団地に位置している。
IMG_20210224_134929
IMG_20210224_135019
栄町の玄関口・JR成田線安食(あじき)駅。
IMG_20210224_135600
大型の郊外型団地がいくつも建設された栄町は、現在、急速的な高齢化と人口流出に悩む。

 K氏の住まいは、外観は郊外団地のどこにでも見られる標準的な住宅である。未リフォームの状態で取得した当初は、壁も汚れ、垣根や庭の手入れも行われておらずやや荒れた印象であったが、徹底的な凝り性であるK氏は、竹垣を作り、外壁まで塗り替えて印象を一変させた。外観の写真はごく一部の紹介に留めておくが、新築家屋でも外構工事費用を抑えた家が多い中、近隣と比較しても目を引く様相に生まれ変わっている。
11607
11674
ポストを設置し直し、雑草抑止を兼ねて砂利を敷き、庭につながる門扉や垣根を一新させている。

 時代を感じる引き戸の玄関に入ると、キレイに貼り直されたクロスが目につくが、下駄箱の上には小型の液晶モニターが設置され、人気のキャラクターのドット絵が交互に表示される。玄関の上は、今ではあまり見かけなくなった吹き抜けの構造だが、吹き抜けの途中にも飾り戸棚が設置され、かわいらしいぬいぐるみが玄関を覗き込み来訪者を迎えている。K氏曰く、とりあえず地震のことは考えないようにしている、とのことである。ちなみにこの吹き抜け部分のクロスもすべて、脚立を用意して自力で交換したとのことだ。
11606
近年はあまり見かけなくなった引き戸の玄関に、液晶モニターでドット絵を表示させて装飾している。
IMG_20210217_205551
IMG_20210217_205605
IMG_20210217_210241
吹き抜けに飾り戸棚を付け、人気キャラクターのぬいぐるみが来訪者を迎える。

 リビングは、大型の液晶テレビやソファーが並び、防犯モニターも設置されている。K氏は特段警戒心が強い性格でもないのだが、外出先からでも家の模様が分かるようにと防犯モニターを取り付けたようだ。ちなみにこの家の家電品はテレビなどの映像機器から照明に至るまですべてGoogleHomeで制御されている。
IMG_20210217_204901
IMG_20210217_204906
IMG_20210217_204849
大型テレビと防犯モニターを備えたリビング。家電品はすべてGoogleHomeで制御されている。

 1階には和室が二間あるのだが、そのいずれも、無理にフローリングにリフォームしたりするのではなく、調度品も和風のものに揃えて、和室としての空間作りに注力している。リビングからの続き間となる和室は公衆浴場の休憩室のような趣で、ここだけはあえて竹の絵があしらわれたクロスを選んでいる。
IMG_20210217_204944
リビングからの続き間となる和室。
IMG_20210217_204703
IMG_20210217_204714
調度品はあえて和風のものを選び、リビングとは異なる雰囲気の空間をこしらえている。

 1階でひときわ目を引くのはダイニングだ。カウンターキッチンの周りは特に家具や調度品、クロスにもこだわっており、さながらホームバーのような雰囲気となっている(K氏はお酒を飲まないが)。その一角には電子ピアノが設置され、K氏は趣味である楽曲制作をここで行っている。僕は学生時代の通知簿で、音楽は最低評価の「1」しか食らったことがないので作曲とは無縁でわからないのだが、やはり楽曲制作にはこういう雰囲気作りも重要なのだろうか。訪問時に少し演奏してもらったが、さすがに大きな一軒家だけあって、夜間の訪問であったにもかかわらず生活音程度の音量で演奏しても全く問題がなかった。
IMG_20210217_205140
IMG_20210217_205335
楽曲制作の場を兼ねたダイニング。余談であるが、椅子の上のぬいぐるみはK氏のものではなく僕の妻の私物である。
IMG_20210217_205107
IMG_20210217_205406
ダイニングにはK氏の趣味が最も反映されている。

 凝り性で几帳面な性格であるK氏は、浴室も、シンクやクロス、タイルに至るまで自力で交換する徹底ぶりで、元々はなかった浴室乾燥機や、脱衣場の暖房まで取り付けられている。ちなみにこの家は築後30年ほど経過するが、同じく築30年であった、僕が住んでいた八街の貸家より明らかに断熱性が高い。今でこそ高齢化が進んだ団地だが、分譲当初は航空会社や空港関連企業勤務の方も多く住む団地だったので、登記簿を見たら過去に2回も差し押さえを食らっていた僕の八街の貸家よりも、家屋のグレードは高かったのかもしれない。
IMG_20210217_205540
シンクやクロスも一新した浴室。
IMG_20210217_210048
IMG_20210217_210135
新たに設置した浴室乾燥機や暖房。

 ここまでで既に、一人暮らしの家としては十分すぎるほどの設備だと思うが、K氏の趣味の空間はこれだけではない。やはり細やかに飾り付けられた階段で二階に上ると、3部屋ある居室の一つは書斎となっている。K氏は「ただ並べているだけ」と謙遜するが、僕などは過去、置き場がなくなり仕方なく処分・売却した書籍が数多くあるだけにこれは羨ましい。本棚はまだ空きが目立つが、この家に越してくるまではK氏もごく平凡な賃貸アパート暮らしであったので、本を取り揃えていくのはこれから、と言ったところだろうか。
IMG_20210217_212926
階段も細やかに飾られている。
IMG_20210217_210353
IMG_20210217_211010
書斎。本棚はまだ空きが目立つが、当面の間保管場所に困ることはなさそうだ。

 書斎の隣の部屋は、黒のクロスで張られたシアタールームとなっている。ここには人気キャラクターのフィギュアなども多く並べられており、プロジェクターが設置されている。あまり音量に気を遣うことなく大画面で映画を楽しめるのが何より魅力だそうだ。そして、このシアタールームにある押し入れには、驚くべきことに屋根裏に上がる階段が新たに設置されており、その階段を使って上がった屋根裏は、荷物置き場と、春や秋などの季節限定の寝床となっていた。

IMG_20210217_211236
IMG_20210217_211253
プロジェクターが設置されたシアタールーム。クロスは黒色のものが使われている。
IMG_20210217_211600
IMG_20210217_211648
驚くべきことに、居室だけでは飽き足らず、屋根裏まで物置として改装されている。

 2階は3室の居室のほかに、納戸とトイレがあるのだが、納戸は納戸で、ルームランナーを設置してトレーニングルームとして使われている。残る1室は寝室であるが、ここにも寝室用のモニターや、就寝前の一息としての楽器が設置されている。何から何まで趣味の空間として構築されているのがK氏の自宅である。改めて述べるが、K氏は独身であり、この家に一人で暮らしているのである。なんとも贅沢な空間だが、すべてセルフリフォームであるため、これまでに費やした費用は、家電品や調度品を除けば100万円程度だそうである。
IMG_20210217_212123
納戸に設置されたルームランナー。
IMG_20210217_212339
IMG_20210217_212423
モニターや楽器が設置された寝室。

 そんなK氏がこの家で暮らし始めるにあたって一番心配したことは、何より近所からの目であったそうだ。K氏はごく普通の地元企業の務め人であり、その生活ぶりにやましいことは何もないのだが、本来、ファミリーで暮らすことを前提とした住宅団地に、自分のような30代の独身男が一人で暮らして不審に思われないかという心配があったのだそうだ。

 しかし、ここまで見てきたようにK氏は徹底的な凝り性であり、居室内だけでなく庭もまた、雑草の抑止も兼ねて、石灯籠や苔まであしらった庭園を造っているのだが、これが近所の方から非常に評判が高く、それで打ち解けることができたと語っている。空き家となっていた時は雑草が生え放題だったこの家が、こうして綺麗に生まれ変わるのを見るのは、開発当初からこの団地に暮らし続けていた住民にとっても嬉しいことなのだろう。
11670
雑草の処理の手間を省くために始めた庭造りが、近所の人との交流のきっかけとなった。

 K氏としては、元々は単なる道楽として始めた趣味の家づくりだったが、これが思わぬ功を奏したのは、昨今の新型コロナウイルスの蔓延による外出自粛である。緊急事態宣言で多くの商業施設や飲食店が営業を自粛する中、K氏は自らこしらえたこの趣味の空間で、退屈を覚えることなく過ごすことができていると語っていた。

 コロナ対策で大きな家を買うというのは突拍子もない話かもしれないが、どう考えても郊外の住宅団地の家があまり始めることは確実である昨今、ファミリーのためのベッドタウンと言う窮屈な枠組みを取っ払った、こうした新たな利用方法が、もっと提言されてもいいのではないかと考えて、今回、僕はK氏に取材のお願いを申し入れたのである。限界分譲地においては、少なくとも音の問題に関してはK氏の家よりさらに有利な条件にある。ベビーブームの時代の象徴ともいえるこうしたバブル時代の戸建ての特性を、逆に利点として取り入れるK氏のような若者が増えていくことを願わずにはいられない。
11683