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 さて、前回の記事は「サンハイツ白樺の里」の第1期分譲地に展開する、アパート型別荘が並ぶブロックをくまなく歩いて探索した。第1期、第2期、第3期、第5期の合計4期分(第4期は存在しない)に分かれている白樺の里において、第1期は最も広く、そして当シリーズで紹介してきたレストランやテニスコート跡、会員制施設のビラ軽井沢などの集客施設は、すべて第1期に位置しているものである。

 続いて訪問したのが第2期の分譲地であるが、当シリーズの序章でも少し触れた通り、第2期に限り、他の販売期の分譲地には見られない少し奇妙な経緯を辿っている。そもそもこの第2期の分譲地は、「マルタマ産業」という会社が管理する「湯本庭園」という名称の別荘地の中に位置しており、磯村建設の破産後も、第2期の分譲地に限っては、磯村別荘地の管理を引き継いだエイワンサービスではなく、そのまま現在に至るまでマルタマ産業が「湯本庭園」の区画として管理している。
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マルタマ産業の看板。
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エイワンサービスが発行していた案内図。第2期に関しては、区画図の数字が記入されている区画のみ、磯村が分譲販売したものである。

 磯村が販売していた第2期の区画は合計22区画。これは憶測であるが、磯村は基本的に建売販売の手法を採用していた開発業者なので、第2期の分譲地に関しては、他社の別荘地の区画を買い上げたうえで自社物件を建築し、「サンハイツ白樺の里第2期」と販売していたものと思われる。
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「湯本庭園」別荘地内。いくつかの区画が磯村の物件として分譲されている。

 千葉の限界分譲地においては、70年代に開発された限界分譲地の空き地を、当初の開発業者とは無関係な別の住宅デベロッパーがのちに買い上げて建売住宅を建築するという販売手法は一般的なものである。

 しかし、分譲後も関連会社が管理を行う例が多い別荘地でその手法を採用すると、販売者と管理者がまったく別会社になってしまう。他社の「湯本庭園別荘地」の1部分を、「白樺の里第2期」と称して、あたかも自社の別荘地であるかの如く販売するのもおかしな話だし、実にいい加減なものであるが、第2期に位置する磯村の物件も、多くは自己使用より貸別荘経営を前提とした物件であると思われるアパート型なので、自己使用の意思のない購入者にとっては管理会社の違いはそこまで重要ではなかったのかもしれない。

 という事で早速、前掲の案内図を頼りに、「湯本庭園」内にある磯村物件をいくつか巡ってみた。最初に見かけた物件には、古びた「賣別荘(ママ)」の看板とともに、マルタマ産業の名称が入った「17号山荘」のプレートが掲げられており、ここも貸別荘として運用されていたものと思われるが、2階の居室に上がる階段は崩壊しており、今は使われている気配はまったくない。
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第2期分譲地内に位置する磯村のアパート型別荘。階段は激しく損壊している。
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「賣別荘」の看板。

 画像を見てもお分かりの通り、「賣別荘」の看板は、ただ錆びついていて古びているだけでなく、そこに書かれた文字も旧字体であり、一体いつの時代から出されている看板なのかもわからない代物なのだが、同行した案内者の知人によれば、この看板は、知人が初めてこの白樺の里を訪問した1996年の時点で既に掲示されていたとのことである。したがって、少なくとも25年間は売れずにそのままという事になるのだが、しかし看板の字体を見る限りどう見ても90年代のものではないので、軽く30年は経過しているのではなかろうか。
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 階段は完全に倒壊している。いくつかのアパート別荘を見てきて気付くのは、建物全体の劣化の度合いに対し、階段の傷み具合だけが著しく突出している物件が多いという事である。これは、階段が木造であるという事ももちろんあるだろうが、おそらく多くは積雪によって腐朽・倒壊しているものであろう。

 ほとんどのアパート別荘の外階段には屋根がなく、標高を考えれば、除雪を行わない限り春先まで踏台に雪が積もりっぱなしであると思われるので、これでは加速度的に崩落が進むのも無理はない。屋根の勾配の緩さもそうだが、東京の建築会社である磯村は、雪国における建築ノウハウをまったく考慮することもないまま、この浅間高原に別荘地開発を推し進めていたことが容易に推察できる。
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屋根の勾配も緩く、外階段も野ざらしで、降雪を想定した造りになっていない。
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外階段に後付けの屋根が設置されたアパート別荘。 

第2期分譲地の中には、訪問時こそ人の姿は見えなかったものの、現在でも使用されていると思われるアパート別荘の区分も見受けられた。現役の建物は、階段がコンクリート造りにリニューアルされているという事もあるが、何より敷地内の管理が放置別荘とは雲泥の差なので一目でわかる。しかし、それは極めて例外的な存在であり、ほとんどのアパート別荘は第1期同様、シダなどの低木に覆われ、階段は朽ち果て、巨木と化したカラマツに取り囲まれている。すべての部屋は固く雨戸が閉ざされており、リゾート地としての華やかさはまったくない。個人的に割り切って使用するのならともかく、今からこのアパート別荘の1区分をレジャー用の貸別荘として運用するには、もはやあまりにも雰囲気が荒んでしまっている。
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現在も利用されているアパート型別荘(自動車は同行した案内者のもの)。階段がコンクリート製にリニューアルされており、何より敷地内に雑草や雑木がなく、きれいに管理されている。
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利用されていないアパート型別荘の居室は雨戸が閉ざされ、階段も朽ち始めている。
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外階段が崩落したアパート別荘。

 ところが理解し難いことに、今でも僅かながら、この白樺の里の区分所有のアパートの一室は、賃貸物件として供給されている。実はこの次に訪問した、第3期の分譲地にあるアパート型別荘の一室(正確には2区分)が、以前当ブログの「取り残される限界分譲地」でも紹介した「みんなの0円物件」に、もちろん0円の無償譲渡物件として掲載されていたことがある。その物件は元々個人の別荘として利用されていたらしく室内も綺麗であり、既に成約済みなのだが、なんと現在、その0円で引き取り手を募集していたはずのアパートの区分所有権が、ジモティーで110万円という価格で売りに出されているのである。昨今よく使われる言葉で言えば「転売」だ。

【参考サイト・みんなの0円物件「鬼押出し園に近い、北軽井沢の別荘・上下2室あわせて0円」https://zero.estate/zero/kanto/tsumagoi_01/
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2021年2月23日に「みんなの0円物件」で譲渡先が募集が開始された、白樺の里のアパート別荘の区分所有権。
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「みんなの0円物件」での成約後、ジモティーに110万円の売別荘として登場した同物件の広告。
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第3期の分譲地にある問題の売物件。

 販売されている区分は、画像の建物の向かって右側、バルコニーが白く塗られている1、2階部分の区分所有権であるが、広告主は、上下階の各戸をそれぞれ賃料2万円で貸し出せば表面利回りは43.6%になるという皮算用を行い大々的にアピールしている。実際、同じ広告主が同物件を賃貸物件としても募集しており、賃料は2万円に設定してある。

 しかし言っては何だが、この物件は今さら市場に出したところで、永続的に安定した賃貸経営が見込めるものなのだろうか。風呂、トイレ付きの木造アパートの居室が賃料2万円というのは、都市部の水準と比較すれば安いかもしれないが、所在地は浅間山の火口付近であり、もはや利便性を云々するレベルの立地条件ではない。まずそれ以前に、そもそもこのアパート別荘は、貸別荘経営の投資物件として分譲されたのがその始まりであり、それが別荘ブームの終焉に伴いいち早くその市場から脱落し、場合によっては数十年も買い手も付かず放置されているものである。それを今から一般の賃貸物件として再び市場に放出するのはなかなか勇気のいる決断と言うか、この広告主は、いつか来た道を再び辿るつもりなのだろうか。

 ちなみに嬬恋村の賃貸別荘は、広告に出されているものは多くないが、同じくジモティーにおいて、同じ嬬恋村の別荘地「クレソンタウン北軽井沢」にある戸建て別荘が、やはり賃料2万円で入居者を募集しており、嬬恋村の中古別荘の価格水準を考えれば、このくらいの賃料が妥当ではないかと思われる。現状空室であり、賃貸の実績もないのに、自ら設定した賃料で計算した表面利回りの数字に、いったい何の意味があるだろうか。
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同じ嬬恋村にある別荘地「クレソンタウン北軽井沢」の貸別荘の広告。前述の区分アパートの賃料と同額である。 

 別荘地の事情に詳しい案内者の知人が語るところによれば、今でも高級別荘地として不動の地位にある長野県の軽井沢町に比べ、交通アクセスに難のある嬬恋村は往年と比較して地位の低下が著しく、今では中古別荘の値崩れが大きいのだそうだ。嬬恋村は貸別荘は少ないものの、売別荘に関しては恒常的に供給過多の状態にあり、100~200万円台で敷地の広い中古の戸建て別荘を入手できる。はっきり言って、今の嬬恋村において、アパート別荘の区分所有権など到底太刀打ちできる状況にはないという印象である。なお余談であるが、前掲の「クレソンタウン北軽井沢」の物件広告を出している会社も、13000円という賃料でこのアパート別荘の区分を賃貸物件として募集している。
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43.6%という高利回りを謳うが、持続性のあるビジネスなのか疑問が残る。

 この売物件がある第3期の分譲地は、第1、2期と比較して1区画当たりの面積が広くなく、似たようなアパート別荘が所狭しと立ち並んでいる。どのアパート別荘も居室は4戸あるのに、駐車スペースは4台分確保されていない。同時に全室利用することはないだろうという見込みなのかもしれないが、大体別荘地の利用など夏季の連休時に集中するはずで、質ではなく量を重視していた磯村の姿勢はこんなところからも透けて見えてしまう。
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アパート別荘が所狭しと立ち並ぶ第3期分譲地。
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居室数に対し、十分な駐車スペースを確保しているとは言えない。

 加えてこの第3期のアパート別荘のは、北側道路に接道している区画はなぜか採光面も北向きで作られており、冬季の室内は氷室のように冷え切ることは想像に難くない。現在も利用されているように見える居室はほぼ皆無であり、あとから日曜大工で増築したと思しき居室が真っ先に崩落を始めていたり、屋根が朽ち果てたのか、ビニールシートで被われたアパート別荘があったりと、そのアパート別荘の密集ぶりも相まってひときわ異様な雰囲気を晒している。

 話は戻ってしまうが、このゴーストタウンに賃料2万円の1Kアパートがあったとして、果たして住みたいと思う人はどれくらいいるのだろうか。僕も、こうした寂れた雰囲気は嫌いではないし、だからこそ探訪を続けられるのだが、では住みたいかと言われるとさすがにちょっと返答に詰まってしまう。おそらく圧倒的多数の方は即答だと思うが。
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増築部分から崩落し始めているアパート別荘。
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屋根が損壊したのか、ビニールシートで覆われている。IMG_20210627_143007
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この人気のないゴーストタウンを、見学ならともかく、住みたいかと言われると話は違う。

 最後に訪問したのが第5期分譲地である。白樺の里の分譲地は第5期までで、ここが最後の開発地という事になる。この第5期も、率直に言って第3期と状況は変わらず、既にかなりの長文になっていることであるし、これ以上建物の状態を解説しても同じ話の繰り返しになってしまうので、ここでは特に目を引いた老朽家屋の画像の紹介に留めることにする。

 今回の訪問で僕は合計250枚を超える写真を撮影しており、本文中でそのすべてを紹介すると記事が読みづらくなってしまうため、本記事投稿後に、本文未掲載の写真の紹介のみに特化した記事を別で設ける予定なので、そちらも併せてご覧いただければと思う。
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第5期の分譲地に立ち並ぶアパート別荘。状態の悪さは他と変わらない。

 さて、以上であまりに長くなり過ぎた旧磯村建設別荘地「サンハイツ白樺の里」の訪問記は終了である。記事完了前より、コメント欄やTwitter上などで、貴重なご体験談を含めたコメントをたくさんお寄せいただいており、改めて磯村建設への関心の高さを実感して驚いている。同シリーズの冒頭で、僕は磯村建設について「後世に名を遺すほどの経営規模でもなかった」と書いているが、会社の規模はともかくとして、その話題性は僕が想像していたものよりずっと高く、倒産時のインパクトも強かったようである。

 残念ながら、この別荘地は、再利用を呼び掛けるには、色々な意味であまりに物件のクオリティが低すぎて、到底お勧めできる状態ではない。今、日本全国の別荘地は、それこそ軽井沢町のようなブランド化した一部の地域を除き、多かれ少なかれ衰退の局面に直面している。物件価格も安いので、その中であえてこの白樺の里の物件を選ぶメリットと言えば、別荘地としては珍しく管理費がない、という点ぐらいであろう。しかし別荘地においては、管理費がないというのはイコール放置されているのに等しく、そこに永住して補修や整備を続ける覚悟がなければ迂闊に手を出せる代物ではないだろう。

 当然のことながら別荘地の大半は利便性など考慮されておらず、商業地からも遠い。いくら安くても、そこで永住するためには結構な貯えや、あるいは在宅で自活できるような生計手段を確保していなければ難しく、住宅街としての再起など望むべくもない。僕自身も、こういう高原の別荘地に憧れはするものの、自宅からも遠いし、経済的にもこんなものを維持できるような状況にない。こうした、役目を終えて静かに朽ちていく別荘地に関して僕が出来ることと言えば、昭和の時代の乱開発の遺構として、その模様を記録に留めることだけである。磯村建設が開発した「サンハイツ白樺の里」は、その乱開発の有様を、これ以上あり得ないくらい無残な形で遺したまま、今も浅間山麓に広がる、白樺ではなくカラマツの森の中で、静かに時を刻んでいる。
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