ここ数日にわたって、僕は磯村建設の旧別荘地である「サンハイツ白樺の里」の訪問記を数回に分けて投稿してきた。今回の訪問で見た光景は、これまで紹介してきた千葉の限界分譲地とは一体何だったのか、と思わず考えさせられてしまうほど、回復不能と言っていいほどの難題が山積みの悲惨な現状で、大洋村の廃別荘地とはまた違う深淵を覗いてしまったものであり、いきおい記事量も膨大なものになってしまっている。
今回からは、そんなサンハイツ白樺の里を実際に歩いてみて、目についた別荘住宅を紹介していきながら、同別荘地が置かれている状況を改めて考察していきたいと考えているが、前回の記事でも述べたように、この別荘地は、一戸建てタイプの別荘と区分所有型のアパート型別荘でエリア配置が分かれており、今回僕が重点的に案内してもらったのはアパート型別荘のエリアである。
念のため繰り返し述べておくと、戸建て別荘のエリアは所有者の方ご自身で敷地外まで適切に管理されている別荘も少なくなく、アパート型別荘のエリアに見られるような荒廃した雰囲気はない。この戸建て別荘エリアには、建物の大幅なリニューアル(建て替え?)を施して現在でも営業するペンションや貸別荘が複数存在しており、実際にそこに宿泊すれば否が応にも白樺の里の荒廃ぶりは目にすることになるとは言え、営業中の施設である以上当ブログ記事の内容との混同は避けなくてはならないのであえて念入りに注記しておきたい。Googleの口コミにも周辺の放置別荘群に言及しているものもあるとは言え、いずれの別荘も好評であるし、大自然の中で静かな時間を過ごせるとの評に誇張はないはずである。むしろ当別荘地の見学を希望する方にとってはこの上なく都合の良い立地と言えるだろう。
さて話を戻すとして、ではまず第1期分譲地のアパート型別荘エリアから紹介していきたいが、まずそもそもそれ以前に、ここまで紹介してきた画像を見ていて既に気になっていた方もいたかもしれないが、ここは別荘地名こそ「白樺」の名を冠しているものの、さっきから至る所で目に入るこの背の高い木は果たして本当にシラカバなのかという根本的な疑問がある。僕は植物には詳しくなく、実際に当ブログにおいてもしばしばその植物名を誤認するミスをやらかしているが、それにしてもこの木は樹皮の色にせよ道路に散らばる落葉の形状にせよ、どう見てもシラカバではなくカラマツとしか思えない。
確かに「サンハイツ唐松の里」では和風テイストが強すぎで、この別荘地が目指していたであろう北欧風のオシャレな雰囲気がまったく感じられないので、ヨーロッパでも広く分布するシラカバの木を名称に冠したのであろうが、それにしてもこれで「白樺の里」を名乗るのはほとんど詐称と言ってよく、いくら半世紀前の別荘地とは言えあまりに適当すぎる。もっとも、その後に磯村建設が寄居町で展開した一群の住宅分譲地の名前の安直さを思えば、これも特に驚くに値しない話かもしれないが。
ただ、松は日本国内に分布する針葉樹の中でも倒木の事例が多い木で、カラマツは松くい虫などの病害虫には強いものの、根が浅いため台風や豪雪などで倒木する事例が多いことで知られている。この白樺の里にあるカラマツの木の樹高はもはや優に10mを超す高さになっており、既に所々で倒木しているカラマツの木も散見される。
僕が住む千葉県は2019年の9月に観測史上類例を見ない大型の台風に襲われ(台風15号)、根が強く倒木しにくいと言われていた杉が、長年の放置の末に病に侵されていたため県内各所で倒木被害が発生し、それに伴う家屋の損壊や、電線の断線による大規模かつ長期的な停電に見舞われた。この白樺の里においては、訪問時点では、倒木によって建物が大きく損壊しているケースは確認できなかったが、管理が止まってしまった今、建物の管理状況だけでなくこのカラマツの処理も深刻な不安要素のひとつである。開発ブーム著しい当時はそんな危機感もなかったのであろうが、全国的に放置林が問題となっている昨今においては、植樹はもっと慎重な見極めを経て行われるべきだと僕は思う。
もう一つ、別荘地全体に見られる傾向として案内者の知人が指摘していたことは、ここにある建物は、冬季にはかなりの積雪量がある高地の建物としては屋根の勾配が緩すぎるものが多いという点だ。豪雪地帯の家屋の屋根は、積雪の自然落下を促すため屋根の勾配を強くしていることが多いが、ここは冬季の利用をほとんど想定していない高原地帯でありながら、屋根の勾配は緩く、雪下ろしをしなければかなりの量の雪が積み上がってしまうはずである。雪国において特に空き家問題が深刻なのは、放置され老朽化した空き家が、積雪の重みに耐えられず倒壊してしまう危険性が高いからだ。このあたりの思慮の浅さにも、磯村建設の販売姿勢が透けて見えてしまう。
居並ぶアパート型別荘は、外壁は塗り直したり張り替えてあるものも多く、見る限りではそこまで汚れて朽ち果てた印象のものは見られないが、よく見ると軒天のベニヤ板は剥がれて垂れ下がっているものが多い。70年代の老朽家屋によく見られる現象で、この垂れ下がったベニヤ板が貧相なイメージをより拡幅させてしまう。見た目以外にも、軒天の剝がれは風雨の吹込みや小動物の侵入など様々な問題を引き起こすが、前回の記事でもお伝えしたように、このアパート型別荘は区分所有であるため、軒天の腐朽の放置は一般の民家以上に深刻な事態をもたらす恐れがある。
区分所有の考え方では、本来なら外壁や軒天は共用部として扱われるはずのものだが、ここのアパート型別荘に関しては、外壁であれ軒天であれ、実際にその部分の区分所有者の専有部分として解釈されている模様で、各区分所有者が各々補修や外壁リフォームを施している模様が確認できる。
ところが当然ながら、そのリフォームへの情熱というか、そもそも補修を行う必然性というものは所有者ごとの個人的な事情によって千差万別である。それでも一般の区分所有の共同住宅であれば、管理組合の決議などを経て総意を取り纏めて補修や修繕に至るものを、ここのアパート型別荘のように各戸所有者の自己判断のみに任せたらどうなるか。
ある者は大金を注いで外壁も一新し、申し分のないコンディションを維持していたとしても、同じ建物の別の区分所有者はその専有部分への思い入れもないどころかもはや存在すら忘却状態で、腐朽が進んでも応急処置すら行わず荒れるに任せたまま放置、という事態が起こりうる。そして実際、この白樺の里のアパート別荘の多くがその状態に陥ってしまっている。
これは区分所有のデメリットを云々する以前の問題で、そもそも非常住型の木造建築物の区分所有自体がかなり無理のある発想であるうえ、殊に専有部分と共用部の区別が曖昧と言うのは致命的過ぎる。外壁や軒天ならばなんとか専有部分の区切りをつけられるかもしれないが、建物全体で一体化しているはずの土台や梁、棟木や軒桁はどう区分するというのだろうか。
一番の問題は、ある部屋に雨漏りが発生して放置されてしまうと、自分の「専有部分」の補修のみでは建物の普及やカビの繁殖を食い止められないという事である。逆に情熱のない所有者からすれば、高額のリフォーム代を負担するぐらいならいっそのこと取り壊したいところを、区分所有であるためにその望みも叶わないことにもなる。この別荘アパートは共有持分型ではないので、共有持分の放棄というウルトラCも採用できない。
アパート型別荘のバリエーションは無駄に豊富で、共通の構造のものは少なく、一般の賃貸アパートで見られるような各居室の入り口がそれぞれ独立しているものもあれば、中には共用の玄関があって、その中に居室の玄関が配置されているものもある。別荘の利用タイミングは所有者ごとに異なるので、共用玄関は施錠もされていないのだが、言ってしまえばこれだと共用玄関を閉ざせば人目も付かず存分にピッキングに専念できる環境が確保できることにもなるわけで、率直に言って防犯面でもよろしくない造りである。
別荘の多くは敷地内にシダなどの低木が繁茂していて近寄りにくいものが多いのだが、その中でもバルコニーの崩落が目立つ1棟があったので近づいてみると、大阪の市外局番が記された「日本フォレスト」なる会社の看板が転がっていた。この「日本フォレスト」は、当ブログでもしばしばその存在に言及している大阪系業者のひとつであり、既に会社は存在していないが、手口としては他の大阪系業者と変わらない詐欺的な営業手法を行っていたとみられる業者である。他地域で見られる大阪系業者の看板と異なり、これだけはなぜか英語で「FOR SALE」などと記し洋風な感じでオシャレっぽく振舞っているが、見ての通り一切の維持管理など行われないまま建物は荒れ果てる一方である。
この第1期の分譲地には、この白樺の里においては珍しい連棟型の区分所有アパート別荘もいくつか散見される。今風に言えばメゾネットタイプのテラスハウスと言えるのかもしれないが、その古びた佇まいからは、テラスハウスというより簡易耐火構造の古い公営住宅を連想させる。もちろんこの建物も区分所有で、構造上、特に腐朽の目立つ共用階段がないだけアパート型よりまだましなように思えるが、やはりそのコンディションは悪く一部崩落している。
それにしても、この日は梅雨時であいにくの曇天ではあったものの、幸運にも雨には見舞われることはなかった。コロナ禍の影響か、鬼押出し園は観光客の姿もまばらだったが、日曜日であったため浅間高原周辺の公園にはそれなりに観光客の姿もあり、近隣の他の別荘地には駐車車両も多く見られ滞在者の姿もみられた。僕は元々馴染のある地域ではないので平時におけるハイシーズンとの比較はできないが、隣接する軽井沢町はそこそこの人出があったと思う。
ところがこの白樺の里に関して言えば、少なくともアパート別荘に関して言えば、1戸だけ利用者のものと思しき駐車車両を見かけた他は、一切の利用者の姿を見かけることはなく、ついに探索中にただ一人の人の姿を見かけることもなかった。落ち葉が堆積した路盤や階段は、長く訪問者がいないことを伺わせるもので、それでなくても立地的に冬季の訪問が難しいこの別荘地において、6月の時点でこの現状であるという事は、既にほとんどのアパート型別荘は使われず放置されていると考えて良いだろう。
しかし、前回の記事でアパート型別荘の一例として紹介した物件は、この第1期の分譲地に位置するものだ。人の姿もなく、ほぼゴーストタウンと化しつつあるこの別荘地において、売れるかどうかは別として、なおも市場において辛抱強く商品として流通する物件も、わずかながら残されているのである。次回は、第2期以降の分譲地の模様を紹介しつつ、別荘地内に今も残る売物件の現状も併せてお伝えしたいと思う。あまりの情報量の多さに自分でもこのシリーズがいつ終わるのかわからなくなっているが、もう少し辛抱強くお付き合い願いたい。
コメント
いつも面白い記事をありがとうございます
いやいや、磯村建設なつかしいですねぇ
当時中学生くらいだったかなあ、連日のTVCMから突然の倒産で大騒ぎでしたよねえ
かろうじて完成済みの建物も変な人たちが居座ってたり、支払い済みのお客さんだけでなく下請け職人さんたちも不払いのままで大変のようでした
白樺なんたらとかもやってたんですねぇ
しかし皆さん、よくこんな物件を購入しましたよねぇ
当時はそれだけ、世の中が狂ってたって事なんでしょうか・・・
日本の不動産の隠された現実を理解できました。
>>野島友子さん
コメントありがとうございます。このテーマは、僕自身も調べるたびに驚かされることばかりです。不動産って、こんなデタラメな運用をされていたのかとあきれるばかりでした。