当ブログで紹介している北総の限界ニュータウンは、そのほとんどが農村や山林の中にポツンと位置する陸の孤島のような立地だが、関東の住宅団地の開発の歴史を振り返れば、今でこそ住みたい町ランキング上位の常連に位置するあの人気の住宅地だって、元は農地や山林を潰して開発されたものだ。関東は、そのあまりに膨大且つ急速な人口流入によって、包括的な都市計画は完全に後手に回った状態で、有態に言えばその場しのぎの無計画な郊外化が進められてきた。都心の近郊は、ただ農地や山林のほぼすべてが宅地と化しただけで、開発手法そのものに大差があったわけではない。

 ただ北総の分譲地は、無計画と言うより、おそらく当事者としては「計画」のつもりであったのだろうが、実態は「希望的観測」、場合によっては「妄想」とも言えるような、ありもしない「都市化」の幻想のもとに開発されてしまい、そしてバブル期に、地価狂乱で暴騰する市場から置き去りにされた市民を中心に虫食い状に居住が進み、購入者の思惑とは裏腹に、一向に都市化が進まない農村の合間で漂流している。
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空港特需の幻想は霧散し、今も広大な農地が残る北総台地。

 だが、こうして北総の各地の住宅地を見て歩いていると、いかに超郊外の限界分譲地といえど、やはり地域によって家屋の密度には差があるのがわかる。当たり前かもしれないが都心に「比較的」近いエリアほど密度は高く、都心から離れるほど密度は低い。家屋の密度が低い分譲地は部分放棄の割合が次第に多くなり、そんな地域は無住の放棄分譲地も各所に目に付くようになる。そしてやがて分譲地は姿を消し、古くからの散村や開拓集落が点在するだけの農村となる。

 では「限界ニュータウン」と「農村」の境界線上は、一体どんな状況にあるのか。今回は、管理不全の区画を多く抱えながらもなおも利用が続く多古町のミニ分譲地と、そして、周辺に通常の分譲住宅地はほぼ皆無であるにもかかわらず、放棄分譲地だけは所々に点在する旧栗源町(現・香取市)を調査した。いずれも小規模な分譲地であるが調査範囲が広く長文になりそうなので、まずは多古町の分譲地を紹介していきたい。

 ちなみに今回の調査は、都市機能を紹介するサイト(リンク先は文末)の編集長の方が同行したのだが、あいにくの雨で、未舗装の街路が泥沼と化したような分譲地ばかりで、町の一大プロジェクトである積和不動産の分譲地にも足を踏み入れず、多古町ご自慢の道の駅に寄ることもなく、もちろん多古米など一粒も口に運ばず、地域創生担当課の職員が見たら卒倒しそうな歪んだ観光案内を展開してしまったが、限界分譲地ばかり見てきて客観性に欠けた僕の視点では気が付かないことが多々あり、単純に知らなかった話も数多く、非常に有意義なものとなった。

 
 多古町の分譲地は、成田空港のことで頭が一杯で、多古町中心部からのアクセス性など歯牙にもかけていないような町域のはずれにある辺鄙な立地ばかりだ。最初に紹介する新堤台(にいつつみだい)の分譲地は、千葉県道44号線(成田小見川鹿島港線)から少し横道に入った窪地に位置する。この県道44号線は、千葉交通が、自社のサイトにすら路線図を載せていない幻の栗源線(成田空港~ジェイフィルム。1日5本)を運行する道路で、一応、空港からのアクセス性も考慮した形跡はある。

 今回訪問して初めて知ったことだが、つい近日、この県道44号は、新堤台の分譲地を含めた狭隘区間を回避する新しいバイパスが開通し、バス停前の県道は旧道となっていた。近接する幹線道路が旧道であろうと新道であろうと、その資産性に影響を与えるような立地でもないが、今後はますますこの分譲地は人目につくこともなく、ひっそりと農村の奥深くで静かに時を刻んでいくことになるであろう。
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千葉交通の超閑散路線「栗源線」の新堤台バス停。分譲地の最寄りバス停

 「新堤台」という地名が、この分譲地を指すものかは不明なのだが、ここの大字は「十余三」であり、ご存知の方も多いと思うが、十余三は成田市、旧大栄町、そして多古町の3市町にまたがるエリアに開墾された、明治時代の東京新田の13番目の旧開拓地である。成田の十余三地区は現在はその大半が空港用地となり、残る周辺地域も工業用地への転用が目立つ一方、多古町側は今なお広大な農地が残る純農村地帯で、この分譲地はその農地の片隅に孤島のようにポツンと位置している。

 この団地は、成田空港の東部に開発されバブル期に実際に住宅地として利用が進んだ分譲地としては、最も東に位置する分譲地の1つであり、もはや香取市との境界に近い、町域のはずれの分譲地だ。ここからさらに東側のエリアには、地元在住者向けのごく一部の例外を除き、基本的には住宅団地はない。
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新堤台分譲地内部。家屋は10戸ほど。空港特需を見込んで開発された分譲地としては東端に位置する団地の1つ。
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バブル期にわずかながらも住宅建設が進んだ。残された家屋はすべて同時期の建築様式だ。

 分譲地内は10戸ほどの家屋がある。街路も舗装されていないのに、擁壁ばかり無駄に構築された宅地の家に建てられたその家屋は、外壁の色が違うだけで似たような外観や材質のものが多く、他に空き地などいくらでもあるのにわざわざ隣り合った敷地に建ち並んでいるところから見ても、おそらく建売住宅と思われる。今日では、このような限界分譲地に建売住宅を建築・販売する業者は皆無だが、バブル期にはどんな不便な分譲地でも建売住宅の販売が行われていた。すべて同時期に建築された家屋であり、ごく短期間の間にわずかに住宅建築が進み、そのまま時間が止まってしまった分譲地だ。多古町はワンルームアパートの多い町であるが、この分譲地にはアパートもない。
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おそらく当初は建売住宅であったと思われる、似た外観の家屋が並ぶ。

 ちなみに2018年3月現在、上の画像に写る白い外壁の家屋は貸家として物件情報サイトに広告が掲載されており、築26年、床面積75㎡の3LDKで、家賃は管理費込みで68000円とある。これは僕の住む八街の貸家とほぼ同様のスペックだが、家賃は八街の相場より1万円ほど高い。地価そのものは、八街より多古の方が安いのだが、中古住宅の供給数が八街と比較して圧倒的に少ない多古では、貸家に転用される家屋はごく僅かで、総じて貸家の賃料は強気の設定である。これは北総ではしばしば見られる、需給のバランスによって生じる地価の逆転現象だ。

 だがこの貸家の割高感を押し上げているのは、需給の問題以前に、分譲地の管理状況の悪さである。未舗装であるのは仕方ないとしても、街路に堆積した砂泥が折からの降雨で泥沼と化していた個所もあり、スニーカーでの歩行が躊躇われる状況に陥っていた。空き地は売地の看板も目立つものの未管理の区画が多く、団地の最奥部は部分的に放棄されている。
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街路に堆積した砂が降雨で泥沼と化している。
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最奥部の区画は部分的に放棄され、藪に埋もれている。

 またこの団地は前述のように未舗装であるうえに、擁壁も一部崩れていたり、大きく歪んだ個所が多々見受けられ、杜撰な造成工事が施されたことが推測できる。団地内の片隅に、かつての集中井戸施設の残骸と思われる圧力タンクも残されていたが、この団地のそれも、やはり住宅団地で利用するには非力すぎると思われる農業用の小型のもので、当然のことながら利用されている気配はない。と言うより、この手の小規模な限界分譲地は、おそらく今なお集中井戸の設備を維持していることの方が少ないのではないだろうか。圧力タンクの他に、分譲地では給水塔もしばしば見かけるが、やはり利用されず放置されているケースが大半だ。
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造成工事は杜撰で、擁壁は歪み、崩落が始まっている個所が多い。
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団地の片隅に今も残る井戸用の圧力タンク。

 ところでこの分譲地の街路には、「しゅうはい」と平仮名で刻まれたマンホールの蓋が各所に設置されている。同行の方に調べていただくと、これは農業集落排水事業で設置される排水設備で、都市部の下水道とは異なるものだが、補助金交付事業として各所の農村に設置されているものであるとのことだ。この分譲地は農業集落ではないのは言うまでもないが、隣接する農地への影響を考えて配備されたものであろう。

 そういえば、僕の住む貸家のある八街の某ミニ分譲地は、この農業排水路への接続許可が周辺の地権者から下りず、浄化槽の排水を側溝に流したり、場合によっては宅内浸透処理して凌いでいるのだが、その点ではこの分譲地は、限界ニュータウンの最重要懸念事項である排水の問題がとりあえずは保証されている。産業もないのに野放図にミニ開発が進んだ八街は、そのほとんどに公共のインフラ設備も配置できぬまま今に至っているが、多古のように分譲地が少ない町では、一見このように荒れ果てた限界ミニ分譲地でも、公的なインフラ設備が施されるケースもあるようだ。
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農業集落排水事業によって設置された排水設備のマンホール。

 それにしても繰り返すが、そんな共有設備のメリットをすべて台無しにして有り余るほど、この分譲地は管理状態が悪すぎる。家屋も、果たして居住者がいるのか判然としない荒れたものがいくつもあり、家屋に面した街路ですら既に雑草が生えている。この世帯数で、適切な住環境を維持しろと迫るのも酷な話であると思うが、多古町は、積和不動産との官民合同開発に熱を上げるばかりで、市内に残された旧分譲地や、別の記事でも述べた空室だらけの古アパートの対策・活用に取り組む気配がまったく見られない。次回の記事でも述べる予定だが、特に多古町は空室アパートの対策は、喫緊の課題であるはずだ。

 多古町は今でも地場の業者によって土地の販売、アパートの仲介は細々と行われている。ニーズが多様化する今日、一般市民が購入するには多額のローン返済を要する大手デベロッパーの分譲地だけでなく、町内の賃貸事情にも少しは目を向けてほしいものだ。貸家の主要な利用層はそれこそ、現在日本各地の自治体が「子育てするなら〇〇市で」などと銘打ってその呼び込みに躍起となる若い子育て世代である。せっかく空き家が貸家に転用されても、周辺環境が荒れたままでは定住者は居着かない。空地を有効活用した、子供が安心して遊べる環境が保証された貸家があってもいいのではないかと思う。
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家屋に面した街路も、既に管理放棄が進んでいる。
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家屋の管理もなされず、荒れた印象が一層際立つ。

 新堤台の分譲地は、空港から10㎞ほどの位置であり、東端に位置するとは言っても、他地域に開発された分譲地と比較して、それほど空港から遠いわけではない。だがもともと成田空港の東側は鉄道駅もなく、旧来からの商業集積地もないため、居住はおろか管理も進まず、多くの区画が放棄された分譲地が散在する。次回は、この新堤台の分譲地からもほど近い立地に位置する、やはり空港のベッドタウンとしては最東部に位置する出沼団地を紹介する。
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 さて、今回同行していただいた方が編集長を務める「matinote」は、日本各地の住宅団地や交通機関、商業施設などの歴史や現況を解説する街歩きのサイトで、当ブログでも以前紹介した芝山町の「ハニワ台ニュータウン」や、成田ニュータウンの紹介記事もある。折角はるばる遠方から訪れていただいたのに調査日はあいにくの雨で、しかも普通の感覚であれば紛れもない限界ニュータウンであるはずのハニワ台が地上の楽園に見えるような、悪夢のような管理不全の放棄分譲地ばかり案内してしまいまことに恐縮であったが、これまでいくつかコメントを頂く他はさしたる反応もなく、孤独な調査が続いていた中で非常に新鮮な体験となった。

 成田山やハニワ台の訪問記事のリンクを以下に貼っておきますが、その他の記事も興味深いものが多く、特に成田ニュータウンにあるボンベルタ百貨店は、個人的にもとても縁の深い商業施設でありその紹介記事には未知の情報が多く唸らされました。数名の執筆者の方がいるので記事のテーマは多岐にわたり写真も豊富なので、郊外のまちづくりに関心のある方はぜひご一読を。

http://matinote.me/2017/06/29/2017hatsumoude-toso/ 
【まちのすがた】matinote編集部が行く!(2) 初詣と東総の住宅地めぐり



新堤台の分譲地へのアクセス



香取郡多古町十余三
・東関東自動車道大栄インターより車で12分
・成田空港第2ターミナル28番Cバス乗り場より千葉交通バス「栗源線(ジェイフィルム線)」 「新堤台」バス停下車 徒歩3分