砂町銀座商店街

旧サブブログ: 海辺の限界分譲地

 妻との入籍を機会に東京から八街に越してくる前は、僕は江東区の北砂3丁目、砂町銀座商店街のすぐ裏にある古い貸家を借りて暮らしていた。1970年築の3DKで家賃は72000円。この時代の下町の民家は風呂が付いていないものが多かったが、僕が借りた貸家は、大工仕事の腕がある大家さんの弟さんの手によって、ベランダを潰して浴室が増築されていた。

 砂町銀座商店街は、ご存じの方も多いように、下町に残る、食べ歩きも出来る昔ながらの商店街ということで、しばしばテレビを始めとしたメディアにも登場する有名な商店街だ。

 最寄り駅の都営新宿線西大島駅からは徒歩20分以上とやや交通の便が悪く(バスが多いので不便を感じたことはなかったが)、道路が狭く入り組んでいて火災や震災時のリスクの高い地域なので、その分賃料相場は安かった。買い物の利便性は言うまでもなく高く、いつも買い物客が多く賑やかな町だった。

 区内のタクシー会社に勤めていた僕は電車通勤ではなかったので、駅が遠くてもさして気になることもなかったし、隣に住む大家さんはとても親切なお母さんで、まだ20代半ばだった妻(当時は入籍してなかったが)のことも、孫のように可愛がってくれて、家には特に不満もなく結局4年ほど暮らしていた。

 僕はテレビ番組はまったく見ないので、実際に砂町銀座が紹介されているテレビ番組を目にすることはなかったが、商店街を歩けば、テレビ番組のスタッフらしき方がお店の人にインタビューしていたり、人気タレントが焼き鳥などを食べていたりする撮影風景を見かける機会は頻繁にあった。砂町銀座は今も昔も地元住民のための商店街であるが、一方で、都心から近い手っ取り早いロケ地として定番の商店街にもなっていた。

 ただ、その撮影風景をよく見ていると、すぐにあることに気が付くようになる。それは、取材を受けているお店は、いつも同じ店ばかりだということである。おそらく、商店街を紹介する番組を見ている方も、その点については薄々、あるいはあからさまに気がついているのではないかと思う。

 取材を受けている店はほとんどが老舗店で、雑誌やガイドブックでも見かける機会の多い有名店である。確かに味も良く、価格も手頃で、いつも大勢のお客で混み合っているのも納得がいくお店ではある。

 しかし、当たり前だけどそんなお店は商店街のごく一部で、大半のお店は取材を受ける機会もなく、地道に商売を続けている。

 例えば金物屋とかふとん店などは、どんなに安くても観光客が立ち寄るようなお店ではないので、取材の対象になりにくいのはわかる。だが、砂町銀座のメイン業種であるはずの、飲食店や惣菜店に関しては、新規オープンのお店が取材を受けている姿を見ることは、多分一度もなかったと思う。そして、この業種のお店は、とにかく入れ替わりの激しさが際立っていた。

 中には、オープンしてから1ヶ月もしないうちに早々に閉店・撤退してしまうような飲食店もある。僕も、妻と商店街を歩いていて、新規オープンの店を見かけ、今度食べに行ってみようか、などと話しているうちに、いつの間にか閉店していて結局行けなかった、ということが度々あった。

 聞けば、砂町銀座のテナント料は、知名度の高さもあって周辺相場よりもかなり高く、他の商業地域と違って鉄道駅の利用客を望める立地ではないので、よほどうまく営業しなければ相当に厳しい立地であるのことらしい。

 別にそのことを揶揄するつもりはないけれど、砂町銀座のキャッチフレーズのひとつである「激安価格」を支える老舗店は、多分、その辺りのランニングコストがあまり掛かっていないお店なのだろうと思う。ネットではよく、テナント料を負担する必要のない地主オーナーの飲食店を「家賃の味がする」と評す書き込みを見かけるが、まあ、そういうことなのだろう。

 引っ掛かるのはメディアの安直な取材手法だ。開店して1ヶ月で飛ぶような飲食店は、そもそもそれだけのものでしかなかったとしか言いようがないのかもしれないが、砂町銀座に限らず、地道に、良心的に営業を続ける飲食店は、巨大な都市である東京には数え切れないほどあるはずだ。

 しかし、メディアはいつも、すでに話題になっている場所の後追い取材を繰り返すばかりで、隠れた名店を探す努力を惜しまない媒体はごく一部である。そのほうが、取材としては手っ取り早いのだろうけど、情報の鮮度としてはどうなのかと思う。

 実は僕もこれまで、いくつかのテレビ局から取材、あるいは取材協力のお願いを頂いたことがある。限界ニュータウンという題材は、今も住民が暮らしている現役の住宅地である以上、個人ブログならまだしも、テレビで放映するにはきわめてナーバスなものなので、結局実現したのはテレビ朝日のニュース番組だけだったが、気になったのは、彼らが取材を希望する限界ニュータウンが、いつも同じ場所、つまりは彼らが参考資料として目にしたであろう、YouTubeの楽待チャンネルの動画に登場する住宅団地であるという点だった。

 僕に言わせれば、楽待チャンネルに登場した住宅団地は、北総の限界ニュータウンの一例に過ぎず、他にも取材する価値のある団地や、団地の問題点はいくらでもあるのだが、結局彼らが求めているのはそういうことではなく、あくまで既に公開されている情報の焼き直しや付け足しであるらしい。

 つまり、まず最初に企画があって、その企画に沿った映像を撮るのが彼らの仕事なのだろう。テレビの忙しさを考えれば、それは無理のない話かもしれない。しかし、砂町銀座にしろ、最近の取材依頼にしろ、やっぱり今の時代、メディアが発する情報との付き合い方は、色々考えなくてはならないなあと思わざるを得ない経験であった。

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