2年ほど前に、僕は今住んでいる借家の近くにある、別荘らしき老朽化した家屋の所有者を登記簿で調べ、30万円で購入したい旨を申し入れたことがあった。
当初は、2つ返事で了承をもらえて、壁も剥がれ、かなり傷みの進んでいた家ではあったものの、最悪、井戸と浄化槽を再利用する程度のつもりでいた。ところが取引直前になって、誰かに口入れでもされたのか、所有者の側から、30万円では安すぎるので50万円でないと売らない、と言われてしまった。
僕の見立てでは、その家はもはや廃屋同然で、土地の狭さを考えても50万円は高すぎである。直前になって急に値段が上がったことで、購入意欲も削がれてしまったこともあり、それで購入の申し入れを取り下げ破談にしてしまった。
それ以降、その家を巡っては特になんの動きも見られなかったのだが、今日、その家の前をたまたま通りかかったところ、いつの間にか家屋は取り壊されて更地になっており、敷地前の道路に解体済みの家屋の廃材などが並べられていた。
破談になった件については、もう2年も前の話であるし、改めて思い返せば、それこそ30万円でも高すぎるくらいなので、今はもうどうでも良いのだが、その際、所有者の方が売却価格の吊り上げの根拠としたものが、その土地家屋の固定資産税評価額であった。
曰く、その土地家屋の固定資産税評価額は58万円なので、その額から鑑みて、売却価格は50万円が妥当である、というのが売主の言い分だったのだが、よく言われるように、この固定資産税評価額というものは、あくまで行政が固定資産税を算出するために定めている価格に過ぎず、その地域の不動産の実勢相場を反映しているものではない。
こと、我が家のような田舎のエリアでは特にその傾向が強い気がする。農業以外の地場産業に乏しく、財政規模の小さな田舎の自治体は、固定資産税の税収も重要な財源の一つ。評価額を下げすぎて、免税点に達してしまうのを防ぐためなのかは知らないが、過大評価というか、実勢価格とはかけ離れた高値に設定されていることがほとんどだ。
例えば僕が所有する横芝光町の30坪の土地は、評価額は50万円で、年間4900円の固定資産税が発生しているが、この土地は40万円という価格で数年間に渡って広告が出されっぱなしだったものを、半額の20万円に値切って買ったものである。この土地が50万円で売れるというのなら、土地は現在も使用中ではあるが、もしかすると今すぐ売るかもしれない。
地元の不動産業者でも、この評価額を元に査定価格を算出しているようなところがあるとは思えない。これを根拠に値段を上げてしまうのは、やっぱり不動産事情に明るくない方の勇み足としか言いようのないものだったと今でも思うが、そのことよりも、僕が常日頃気になっているのは、この固定資産税評価額、自治体によってその額の算出基準に違いがあることである。
すでに売却してしまったが、僕は少し前まで、芝山町内にも分譲地を一区画所有していた。面積は約36坪で、今所有している横芝光町の土地より若干広い程度だが、年間の固定資産税は7600円だった。
これに関しては、地価や利便性などから考えても、横芝光町より若干高いのは納得の行く話ではあるのだが、一方で、成田市内の旧下総町エリアに、同じく旧分譲地の更地を持つ知人は、評価額が僅か数万円のために免税点に達しており、固定資産税はかかっていない。
成田空港の騒音指定区域内は、補償事業のひとつとして固定資産税の半額が免除されるのだが、知人の土地は騒音区域ではない。また、成田市に編入前から所有していた別の土地についても、合併前までは固定資産税が発生していたのに、成田市になってから免税になった、とも述べていた。
地価相場は、僕や知人が土地を所有するエリアなどは、はっきり言って、もはや基準となるような相場などあってないようなものである。要は売主の考え方次第で価格が決まる市場であり、もちろん場合によっては0円の物件が放出されることもある。それなのに、かたや固定資産税が一切発生せず、一方では、少額とはいえ毎年税負担をしているというのは、考えてみれば奇妙な話だ。
自治体が違うことが理由であればまだ納得はいく。成田市は元々財施状態の良い自治体であり、一方で横芝光町は、農業以外に産業もなければ観光地もない貧乏町である。住民サービスの違いとも言える。
しかし、同じ自治体内でも、事実上、固定資産税の負担を免れているというか、年間の固定資産税が安すぎるために、滞納されても徴収コストのほうが高くついてしまうので回収に動かず、ほとんど踏み倒しに近い状態になっている不動産が相当数あるはずである。こればかりは納得がいかない。
そんな土地は、どうせ税収にも繋がらないのだから、そこだけ評価額を一時的に10倍くらいにして請求を膨らませて、とっとと差し押さえて捨て値で公売にかけてしまえ、と僕などは思ってしまうのだが、そんな簡単な話でもないようだ(当たり前)。
つまり結局のところ、取れる所から税金を徴収する、取れないところは見て見ぬ振りをするという、なんともデタラメな運用が続けられているわけである。正直者がバカを見るようなこの構図は空き地の草刈りについても同様で、責任感のある地主さんが、使うあてもない所有地の草刈りを、今でも業者に依頼して継続しているのに対し、無責任な地主は、いかに近隣住民に迷惑がかかろうともお構いなしに、一切の管理もせずノーコストで放置し続けている。
僕はメインブログを始めて、一番驚かされたのは、限界分譲地の現状もさることながら、その分譲地を抱える地元自治体の土地政策や都市計画の杜撰さであった。「民間の私有財産」であるということを錦の御旗に、ただ漫然と固定資産税の徴収を可能な範囲で行うだけで、その土地の行く末など、行政はほとんど気にも留めてないように思える。そこまで気を払えるほどの人員も予算もないだけなのかもしれないが。
というわけで、限界分譲地の固定資産税の話を始めると、どうにも話が長くなってしまうのであるが、とりあえず今回、ひとつだけ強く述べておきたいのは、固定資産税評価額に、あまり多大な期待を寄せるのは禁物だということだ。
冒頭で述べた、解体された古別荘は、元の所有者が解体したのか、それとも新しく購入した方がいて、その方が解体したのかはわからないが、もし、58万円という固定資産税評価額に過剰に期待して、更地にすればより資産価値が上がると信じ込んでの行動であったとしたら、こんな不幸な話はない。残念ながら当地では、建物を解体し、基礎を取り払った瞬間、その実勢価格は数分の1まで暴落するはずである。
コメント
同意である。固定資産税については、近傍の売買の取引形態、実勢価格に基づいていないのは実感である。数年に1回の固定資産の見直しがあるがほとんど変わらない。これは固定資産税評価審議会での土地鑑定士が正常な鑑定をしないのではなく、公共自治体の意をくむ結果に他ならない。ある全国紙の紙面によると、別世帯の両親が没後、家を500万円で売りに出した。何年も売却できず家の固定資産税、草刈等の維持に年間30万円ほどかかる。固定資産資産税が高すぎる、土地家屋を寄付すると自治体に申し出たが受け入れられず、150万に下げて売りに出した。売れず。そこで0円で引き取る人が現れそこで妥結。
まあ、場所等の利便性の不自由さもあるが、現在は土地建物の需要がない。この地は市街化調整区域でもなく、建築基準法の道路の幅員も有している。
やはり、高齢化や少子化によるところも多く限界集落となっているゆえんだと思われます。