巷で一般的に言われる「原野商法」の土地というものは、単に公図上でのみ、あたかも住宅地であるかのように分筆・区画割りがしてあるだけで、現地では一切の造成工事も行なわれていない原野や山林のままであるのが通例である。図面上では住宅地のような体裁を整えてあったとしても、実際は草木一本刈られておらず、測量も行われていないので、正確な所在地の特定も不可能なものだ。
しかし、仮にこの販売手法を「原野商法」の定義とすると、現在まで千葉県北東部に残されている放棄分譲地は、果たして原野商法と呼んでよいものか、判断に迷うものが多い。(注;もちろん千葉県内にも、紛れもない原野商法の土地は各地にある)
僕が東京都内のタクシー会社に勤めていたとき、先輩に、バブル時代に千葉県の投機用分譲地の販売の仕事に携わっていた方がいたのだが、彼は「自分のやっていた仕事は原野商法のような詐欺ではない。ちゃんと測量図も作って道路を作り、杭も打って分譲していた、まともな仕事だった」と断言していた。
70〜80年代に盛んに造成された投機用分譲地は、今でこそそんな商売自体が成り立つような時代ではなくなっているが、当時の業者に言わせれば、需要に応じて販売を行っていただけの実業であっただろうし、現場に立っていた営業マンの多くも、客を騙す意図を持って業務に臨んでいたわけでもないだろう。
北海道などで展開された典型的な原野商法は、そもそも広告の記載内容自体がデタラメ極まりないもので、悪意を持って購入者を騙す意思があったと見做せるものであるが、造成済の投機用分譲地は、たとえ現在は資産価値が地の底まで堕ちていようとも、当時の時代背景や不動産市場を考えれば、それは必ずしも詐欺であったとは断定できない。
しかし、そんな投機用分譲地の中にも、やはりランクというか、造成工事の質には格差がある。今でも住宅用地として充分利用可能な、共用設備や公園などの緑地を備えたしっかりした宅地もあれば、ただ荒れ地を重機で切り拓いただけで、舗装工事や側溝の埋設すら行われていないような適当な分譲地もある。今回紹介する横芝光町遠山の放棄分譲地も、そんな最底辺クラスの分譲地のひとつだ。
場所は、町北部に位置する「横芝工業団地」の真向かい。町中心部と工業団地を結ぶ「大総(おおふさ)新道」と呼ばれる二車線の町道は、横芝光町の市街地から成田空港方面へ向かうメインルートのひとつとして利用されており、渋滞するほどではないもののそれなりの交通量がある。そして分譲地は、この大総新道を挟んだ、工業団地の真正面に位置する雑木林の中に埋もれている。
横芝工業団地の供用開始は1991年。計画自体はそれより前からあったとは思うが、工業団地の開設とともに、それまで細い農道しかなかったこの地に、高規格な大総新道も新設されることになった。しかし、今回の放棄分譲地の販売は1980年。時期で言えば工業団地や大総新道の完成よりもずっと前で、元々は、既存の農道に接続する形で分譲地が作られていたはずである。
ところが、大総新道の完成によって旧来の農道は姿を消し、分譲地の入口も寸断されてしまった。大総新道は盛り土工事を施したうえで新設されているので、旧来の分譲地の道路とは高低差も生じ、新道から直接行き来することはできない。
したがって現在、この分譲地に出入りするには、隣接する雑木林の中に(無断かどうかはわからないが)作られた通用路を使わないとたどり着けない。言ってみればこの分譲地は現状、私道部分を含めた全区画が袋地である。
ここは今でも、日栄不動産が25坪の土地を、50万円という価格で広告に出しているのだが、もちろん建築基準法の道路には接道しておらず建築不可である。さすがにこの立地で、僅か25坪の袋地に50万円を支払う者はいまい。
登記簿の記載を確認する限り、分譲当初は、一番額の多い方で、開発業者から600万円もの大金を借り入れて区画を購入している方もいるので、売主としては可能な限り安くしてあるつもりであろうが、競合相手は数千区画あり、自分の売地は数千分の1の選択肢に過ぎないという冷徹な事実までは認識できず、絶対に売れない高値を提示し続けているのは、もはや限界分譲地ではお決まりのパターンだ。
分譲地は大半が篠竹に覆われており、定期的に草刈りが入っているのはほんの数区画しかない。私道もほとんどが通行不能で、見ただけではどこが道なのかもわからなくなっている。
区画のいくつかは、ホームセンターで売られているようなコンクリートブロックを積み上げた簡単な擁壁が造られているが、これはやや奇妙な印象を受けるものだ。
と言うのも、すべての区画や道路脇にこのコンクリートが積み上げられているわけでもなく、ブロックを用いて厳密に境界を定めている様子もない。見たところ、ブロック自体も割と新しそうなもので、40年前の開発当初からあるものにはとても見えないのだ。
事情はよくわからないが、おそらく何らかの理由(売却のために区画を明示する必要があったか)で、ブロックはあとから構築されたもので、ここは元々、ほとんどまともな造成工事も行われていなかった、言ってみれば限りなく原野商法に近い投機用分譲地だったのではないのだろうか。
考えてみれば、いくら家屋のない投機用分譲地の私道と言えども、既存の私有地へ至る道路を完全に寸断する形での道路工事というものは普通では考えられない。恒常的に利用される一般の私道であれば、そんなことをすれば所有者との間で深刻なトラブルにならないはずがないからだ。
つまり工業団地の建設時や大総新道の工事の時点では、この分譲地はすでに単なる雑木林と化していて一切立ち入る者もなく、私道の存在も目視で視認できる状況ではなかったのではないだろうか。
もちろん、工事開始にあたって現地周辺の公図くらいは確認しているだろうが、特に使われている気配もない放棄分譲地だし、どうせ道路予定地でもないから別にいいだろ、ということで入口を塞いでしまったのだろうか。それも乱暴な話だが、現に新道の開通で寸断されている以上、それ以外に説明のつけようがない。
そのため、僕は当初、この分譲地の所在地の特定に苦労した。分譲地までの通用路は単なる私有地なので、住宅地図にも、国土地理院の地図にも、その道は記載されていない。航空写真でも分譲地の所在は視認できず、最初は分譲地がどこにあるのかもわからなかったのだ。日栄不動産のホームページには数年に渡って同分譲地の広告が出され続けているが、おそらく現地を訪ねた見学者は皆無なのではないかと思う。もとより、わざわざ見学に行きたくなるほど魅力的な物件でもない。
現地には売地の看板も建てられているが、看板には「21坪」と記されており、ネットに掲載されている広告のものと面積が違う。ネットの広告には地番が記載されているのだが、地番図と現地の位置関係を比較してみると、その売地の地番はどう見ても立ち入り困難な雑木林の奥で、掲載されている写真と現況がまったく異なる。
どうにも不可解な点が多い分譲地だが、おそらく日栄不動産も、さすがにこの売地に関しては、買い手が現れるとは本気で考えていないのではないだろうか。広告には「畑用地に」と記載はしてあるが、これは、他にアピールできる点がない建築不可の分譲地の広告に用いられる最終手段の常套句だ。なんにせよ、21坪というのはあまりに狭すぎる。
こうした、限りなく原野商法に近い分譲地は、僕は通常は日栄不動産や大里綜合管理といった草刈り業者のホームページから探し当てて訪問しているが、業者すらも取り扱わない分譲地の場合、その発見は極端に困難になる。まさか地番図をしらみつぶしに取得して探し出すわけにもいかない。一方で、不動産業者の元には、この手の無用の分譲地を相続してしまった方からの売却依頼が恒常的に舞い込んでいるはずなのでで、業務上必要かどうかはさておき、こうした分譲地の所在情報は容易く入手できるとは思う。
しかし実際のところは、今回のような、宅地としても利用できないような原野商法的な分譲地の場合、固定資産税が発生していないことも多く、所有しているだけではコストもかからないので、売却に向けて積極的に動く律儀な地主というのは少数派である。大半の所有者は、忘れてしまったのか、それとも考えないことにしているのか、何をすることもなく長年放置したままで、それが今では雑木林と化していて、所在地の特定も困難にしている。
売主にしても、別に今さら土地を売って小銭を手にしたいのではなく、子供の世代へ負の遺産を持ち越したくないなどの、むしろ気持ちの整理のために処分を試みるケースが多いと聞く。それは結構なことだと思うが、しかしその割には、売出価格に多少の未練が見え隠れするものが多いのが気になるところだ。
別に自分の所有地なのだから、どんな価格で売り出そうと本人の自由と言えばそれまでなのだけど、そういう「もしかしたらまだ売れるかもしれない」という淡い期待に付け込む悪質な業者も存在するので、やはり無用な期待は禁物であると思う。それにしても、この千葉県には、いったいどれほどの数の放棄分譲地が残されているのだろうか。
入口を塞がれた分譲地へのアクセス
横芝光町遠山
- 圏央道松尾横芝インターより車で3分
【追記】
当分譲地の訪問動画も公開しました。よろしければこちらもご覧ください。
コメント
はじめまして。いつも楽しく拝見させて頂いております。
国土地理院の航空写真を見る限りでは、現大総新道は旧道を北側に拡幅する形で整備(1980年代前半頃着手?)されており、当分譲地は1980年とのことなので、横芝工業団地の開発決定(及び新道整備)を受けてそれに便乗する形でこの分譲地が開発されたのではないかと推測しております。
でもって…「旧来の農道は姿を消し、分譲地の入口も寸断されてしまった」とのことですが、そもそも、旧来の農道からして、当分譲地と平坦面で接続していたのか?との疑念も抱いております。或いは、当分譲地への通用路なるものは公図上の457-1番地であって、新道の法面保守作業用に旧来の農道敷が残されたもので、新道が整備されていなくてもハナから当分譲地との接続道路はこんなモンだぜ?とか。
てなわけで、動画内で仰っていた、「官と民の連携が取れていない」どころか、「図面上で公道と接している(ように見えれば)それでOK」なノリで開発・分譲が行われ、そして売れるワケもなく…という気が致しました。
末尾ながら、これからも、トホホでアチャーな不動産情報を楽しみに致しております!
第二弾、三弾も興味深く拝見いたしました。
ゆっくりしゃべっていただいてありがとうございます!今回もいい声でなごみます。
飛行機が飛んでる話はブログで何度も出てきていましたが、ここまでやかましいとは思っていませんでしたのでやっぱり動画は三次元で伝えられて強いですね。最初ふさがれたガードレールをまたいでいくのかとびっくりしました(笑)。脇道解説でなるほど~!です。
読むたびに不動産知識がついていくのも楽しいです、応援してます!
ありがとうございます。確かに見返してみると、早口だったので、少し意識してみました。字幕は自動入力のソフトを使っているのですが、このくらいのほうが書き起こしのミスも少ない気がします。
動画もブログも、どちらも一長一短なところはありますが、動画を見て新鮮さを感じでいただける機会が多いので、なかなかペースは上がりませんが頑張ってみます。よろしくお願いいたします。
地主としてはこんな形で隣接するんじゃなくて、むしろ新道に通ってもらって用地買収して欲しかったところでしょう。