壮絶を極めた成田空港建設反対運動の歴史において、今日もなお語り継がれる、もっとも凄惨な事件のひとつに「東峰十字路事件」というものがある。これは空港建設予定地の第2次強制代執行が開始された1971年9月16日、成田市天神峰において空港反対派と機動隊が衝突し、先鋭化した暴徒に拘束された機動隊員3名が、激しい集団暴行を加えられたのち死亡するという陰惨なもので、この事件と、翌年発生した連合赤軍事件が、学生運動や極左団体の活動から数多くの離反者を生み、また世論からの支持を大きく失うきっかけになったと言われている。


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1971年3月5日に行われた第1次強制代執行当日に撮影された、反対派拠点「農民放送塔」。(三里塚芝山連合空港反対同盟公式サイトより)
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「東峰十字路事件」の発生現場。(成田市天神峰)
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事件現場付近にある殉職警官の慰霊碑。事件発生からおよそ半世紀を経た今でも供物が並ぶ。

 空港反対運動は今日でも細々と続けられているものの、過去の暴力沙汰への反省もない彼らの活動はもはや支援が広がる気配などひとかけらもなく、空港周辺を見渡しても、運動の痕跡と呼べるものは、空港用地に四方を囲まれた農地で今も耕作を続ける僅かな戸数の農家と、かつて反対派が建築したいくつかの妨害施設の残骸が残るのみとなっているが、実はそんな「東峰十字路事件」の発生現場から僅か数百m程度の至近距離にすら、例によって投機目的で開発されたミニ分譲地が2つ存在する。
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今も収用予定地内に残る、反対派所有の農地。(成田市天神峰)

 その2つの分譲地は、両者とも70年代中盤の開発。1975年に撮影された国土交通省地理院の航空写真では、既に分譲が開始され一部の区画に家屋が建てられているのが確認できるが、すでに述べたように東峰十字路事件が発生したのは1971年。事件の発生とほぼ同時期、それもまだ反対運動の真っ只中の時代、こんな活動の最前線でも投機分譲地の開発が行われていたというのは驚愕に値する。

 当時、この分譲地の周辺農家はまだその多くが空港反対派に協力していたはずで、多くの農家が自らの所有地を死守しようと血塗られた運動に身を投じる中、その間近で、空港とも無縁の民間開発業者にあっさり所有地を売り飛ばして小金を手にする地主もあったというのは、(死者も出ているので不謹慎な表現ではあるが)ある意味では滑稽な、反対運動の歴史のイメージを根幹から覆す珍現象だと思うのだが、この辺りの事情に触れた記録は皆無で、その地主が当時周辺地域からどんな反応を受けていたのかは、今となってはわからない。
東峰十字路事件
1975年に撮影された東峰十字路周辺の上空写真。✕印が事件発生現場付近、赤枠内が、既に開発され家屋も見える分譲地。(国土地理院航空写真提供サービスより引用の上一部加工)
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東峰十字路より数百m程度の距離に位置する成田市川上の分譲地。

 確かにこの2つの分譲地は、空港西側に大規模に開発され、同じく反対運動の最前線となった成田市三里塚地区よりも空港に近く(空港第2ビルまで約3km)、今は周囲に物流倉庫も並ぶこの立地であれば、空港建設に伴い地価が上昇するという、当時の開発業者が謳ったであろうセールストークも結構な説得力がある。実際、反対派の思惑とは裏腹に、空港建設に伴い成田周辺では莫大な予算を投下した巨大事業がいくつも進められたのも事実だ。また、収用に抵抗することなく、所有地を空港用地として提供した農家も数多い。

 だが、この時代はまだ、空港周辺に団結小屋を始めとした、多くの過激派の活動拠点も残されていたはずである。そんな最前線の一角に限界分譲地。収用予定地外の地主にとってはあくまで他人事だったのかも知れないが、あのあまりに激しい反対闘争は、闘争拠点からほんの数百m程度離れたくらいで、呑気に不動産投資が行われるほどまで希釈されてしまう程度のものだったのか。まさか鉄パイプや火炎瓶が飛び交うその真横で現地販売会を開催していたわけでもないだろうが、それにしてもこの荒唐無稽なまでのギャップに、残された記録からしか当時の模様を伺い知ることができない僕は思い悩んでしまう。
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 ということで、今回はその2つの分譲地に足を踏み入れてみたのだが、予めお伝えしなくてはならない点がひとつある。最初に訪問した成田市川上の分譲地は、グーグルマップを確認すると、ストリートビューの撮影車両が進入した形跡はあるのだが、分譲地を南北に貫く私道のうち、東側の道路の画像は、現在すべて黒塗りの画像に差し替えられて見れなくなっている。

 おそらく住民の方の中に、ストリートビューでの自宅の公開を望まない方がいるものと思われるが、当ブログとしても、別に特定の個人宅や生活模様を殊更にクローズアップする必要性はまったくなく、また住民の方の意向を尊重しないわけにもいかないので、川上の分譲地に関しては、画像の公開は最小限に留めておくことをご理解いただきたい。

 話を戻すと、この川上の分譲地は県道44号線に面した立地にある。開港前は沿道に農地が広がるだけだったこの県道は、今は航空貨物を運ぶ大型車両で恒常的に混み合う道路の1つで、特に東峰十字路手前付近から、新空港道との立体交差付近までの区間は、朝の通勤時間帯には連日渋滞に見舞われるために随所で拡幅工事が進められている。

 分譲地の入り口から空港方面を見渡すと、空港周辺に立ち並ぶ大型ホテルが見える。辺りは航空機のエンジン音がゴオゴオと響き渡る。周知の通り当記事執筆時は、新型コロナウイルスの蔓延による緊急事態宣言が発令中のため欠航が多く、それでこの騒音なのだから、平常時はさらに激しい騒音であるはずだ。県道を通過する車両の走行音もあり、静寂な住環境とはとても言えないが、もとより長閑で静寂な環境を求めて暮らす立地でもないのでそこはあまり問題ではないかもしれない。
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 分譲地の中は空き区画も目立つが、菜園が作られているところが多い。どの建物もよく管理され、中には新築間もないと思われる家屋もある。やはり空港から近いというのが強みなのだろうか。道路は私道のようで補修の跡も見られるものの、激しい路盤の傷みも見られない。日本中、どこにでも見られるような郊外のミニ住宅地だ。

 更地の中には、もはや当ブログではレギュラーメンバーと言っていい「日栄不動産」の看板が出されている区画もある。
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空き区画は菜園になっているところが多い。(画像一部加工済)
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おなじみ「日栄不動産」の看板。

 気になる価格を調べてみると、こちらの売地は約41坪で200万円とのこと。坪単価は5万円近く、これまで紹介してきた限界分譲地の地価と比較するとひどく高額だ。だがこれは、別にこの分譲地が空港から至近にあるから高額であるとは断定できない。元々この辺りの分譲地の販売価格は、同じ分譲地でも売主によって大きな開きがあり、実勢価格が坪1万円を切るようなところでも、区画によっては未だ坪数万円の価格を出していることは珍しくないからだ。

 この広告は掲載開始からすでに5年が経過していることからも、現在の提示価格は、実際の相場よりもかなり高めに設定されたものであろう。
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売地の広告。坪単価は5万円近く、高額すぎる印象は拭えない。

 少し奥に進むと「入居者募集」の看板が出された古びた家屋がある。看板を出しているのは近隣の不動産会社で、ポストも壊れ、見たところ人が住んでいる様子もないのだが、不可解なことに駐車場には既に軽自動車が停められている。空港や、空港近隣の会社に勤務する方にとってこの立地はそれなりに魅力だと思うのだが、借り手はつかないのだろうか。もしかすると、ストリートビューが消されてしまっていることも入居者が決まらない遠因であるかもしれない。
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入居者募集中の貸家。なぜか建物左側の駐車場に車がある。

 東側の区画の先には広大な農地が広がる。元々、都心方面とは逆方向である空港東側のエリアは今でもそれほど開発が進んでおらず、まとまった商業エリアもなければ、鉄道駅もなく交通は不便なので、この辺りの分譲地は、空港からの距離に関係なくあまり高額なところは少ない。
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分譲地の向こうは、そのまま広大な畑作地帯となる。

 この辺りまで踏査したところで、僕は住民の方に撮影を見咎められてしまい、正直に分譲地の調査を行っていると伝えたので怒られることはなかったが、これ以上の長居は無用と考えてこの分譲地を離れることにした。全体として、それほど特異なところもないミニ分譲地であったというのが正直な感想だ。


 続いて訪問したもうひとつの分譲地は、町域が変わって成田市新田に位置する。先に訪問した川上の分譲地が、これまで僕が訪問した限界分譲地と比較しても、管理が良く今でも新築家屋が建つ現役の分譲地だったので、やはり空港からの近さは強みになるのかと思い始めていたのだが、こちらの新田の分譲地は、その進入路からしていきなり鬱蒼とした雑木林の合間に延びる狭隘路であった。この時点で普通のミニ分譲地ではない。
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新田の分譲地に向かう林間の狭隘路。

 分譲地内の道路は未舗装で、しかも異常に荒れた区画が目立つ。この辺りの分譲地は、たいていどこかしらの草刈り業者の管理地になっていて、時折その合間に未管理の区画が放置されているのが一般的なのだが、ここはその比率が逆転している。
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妙に未管理の空き区画が多い新田の分譲地。街路は未舗装だ。

 分譲地内には、一際目を引く3階建ての豪奢な建物がある。門扉の横に「別邸 ○○(苗字)」とあり、どうやら別荘らしいのだが、敷地内は荒れ、ほとんど使われている気配がない。また、この分譲地にはいくつかの賃貸アパートらしき建物がある。古い限界分譲地は、そもそも1区画あたりの面積が狭くアパート用地としては不充分なところが多いので、賃貸アパートを見かける機会は少ないのだが、ここはやはり空港に近いからか、賃貸アパートも現役で稼働中だ。
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異様なまでに豪奢な別荘住宅。ただしあまり手入れされていない。
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分譲地内には、ごく一般的な民家の他に、賃貸物件らしき建物もいくつかある。

 空き地のほとんどは草刈りもまったく行われておらず、川上の分譲地のように菜園用地として転用されているところもなく荒れ放題だが、奥の方に2箇所、隣り合って売地の看板が出されているところがあった。ひとつは、先程川上の分譲地で貸家の入居者募集看板を出していたところと同じ近隣の不動産会社、そしてもう1つは、またしても大阪の市外局番が記された謎の不動産会社のものだ。言うまでもなく、大阪の業者の売地は、周囲の未管理区画と比較しても突出して荒れている。
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地元業者が看板を出す売地。
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地元業者の売地の南隣に、もはやどうしようもないほど荒れ果てた大阪系業者の売地がある。

 地元業者の売地は、見たところかなり狭いもののキレイに整地されている。ネットで調べても、ここの売地の情報は見つからなかったので、この業者に直接電話して価格を聞いてみたのだが、業者は電話越しに「あんな所が欲しいの!? もっと他にいいところありますよ!」と、問い合わせがあったこと自体が信じられない様子であった。

 話を聞くと、どうやらこの土地は自社の所有地らしいのだが、この分譲地は元々騒音区域に指定されているうえ、土地は48坪あるのだが東側が斜面になっていてがけ条例に抵触してしまうので、手を加えないと建築は難しいらしい。気になるお値段についても「あんなつまらない土地、買ってくれると言うならいくらでもいいですよ」と極めて投げやりで、具体的には、登記費用込みで坪1万円(自社物件なので手数料はない)、交渉次第でもっとお安くします、とのことである。
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 なんであんなところが欲しいの、と聞かれたので、空港が近いから気になりましたと伝えると、「別に空港なんか近くても良いことないですよ。毎日旅行するわけでもなし」と、業者自身はその立地条件になんの価値も見出していないようであった。結局は、いくら空港が近かろうと、どこにでもある限界分譲地と変わらないわけである。

 さて、ではそのお隣にある大阪系業者の売地はどうであろうか。この業者、グーグルの検索画面でその業者名を入力すると、サジェスト機能で間髪入れず「詐欺」と表示されてしまう愉快な会社なのだが、以前も紹介した「ラビーネット不動産」なるサイトを見ると、登録物件数はおよそ900。問題のこの新田の売地は、なんと26坪しかない狭小地で、お値段は260万円。隣の地元業者の10倍の坪単価である。もはや「論外」以外の言葉が出てこない。
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坪単価にして、隣の区画の10倍の価格を提示する大阪系業者の売地広告。(「ラビーネット不動産」より)


 ということで、今回は、かつて空港反対運動の最前線となったエリアに近接した2つの分譲地を紹介した。結局のところは、空港からの距離など資産性にほとんど関係なく、もちろんかつて吹き荒れた反対運動の嵐などどこ吹く風で、当たり前の限界分譲地として今日も静かに佇んでいるわけである。

 先にも述べたように、空港東側のエリアには、管理状況の程度こそ差があれど、こうした規模の小さな限界分譲地が所々に点在している。実は僕自身も、この辺りの分譲地はまだまだ未踏査のところが多く状況を把握しきれていないのだが、広告を見ている限り、坪1万円台でも売れ残ってしまっているところも見受けられるので、空港からの距離を考えると、使いようによっては面白いところではないかと密かに考えている。

 だが、それにしても、開発当初にこの分譲地を投機目的で購入した方は、近隣で暴動が起きるようなこの立地でも、わざわざ遠方から見学に来て、ここなら値上がりが見込める、と判断して購入を決断したのだろうか。そうだとすれば、僕はもしかしたらこれまで、現実とは乖離した、メディアが作り上げた「反対運動の嵐」とやらをずっと調べ続けていたのだろうか。学生運動の嵐は、実際はそよ風程度の影響力しかなかったのかもしれない。
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空港反対闘争の最前線に出現した分譲地へのアクセス

成田市川上
・新空港道成田インターより車で約10分
・成田空港第2ターミナルより千葉交通「栗源線」 「新田入口」バス停下車 徒歩1分


成田市新田
・新空港道成田インターより車で10分