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 前回の記事で僕は、本来は物置用地として取得した分譲地に、結局貸家を借りて住まいを確保したことをお伝えした。既に述べたように、これは当初はまったく想定していなかったことで、したがってこの物置用地は、元々は単なる売値の安さと、周辺の家屋の少なさのみを最優先して購入したものであり、住宅用地として適切であるかどうかは一切考慮していなかった。

 しかし、たとえ貸家とは言えそこで暮らしていくとなれば、住環境や、分譲地が抱える問題点に否が応でも向き合っていかなくてはならない。結論から言うと、この分譲地は限界分譲地ならではの深刻な問題点を多く抱えており、これはおそらく北総の限界分譲地全般が共通して抱える普遍的な問題でもあると思うので、同様の指摘は既に他の分譲地の訪問記事でも繰り返してはいるが、今回は改めて、僕が暮らすことになったこの分譲地を例に、問題点を詳述していきたいと思う。
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①放棄される未管理区画
 この分譲地は、当初から宅地として分譲されなかった残余地も含めて、総区画数は65区画であるが、実際に家屋が建築されているのは7区画のみで、残りはすべて分譲当初からの更地である(ただしコンテナハウスが設置されている区画が1区画ある)。それらの更地の3分の2ほどは、現在でもいくつかの草刈り業者によって定期的に草刈りが行われており、販売中の区画もある。しかしその一方で、全く草刈りが行われることもなく、おそらく地主も一切顔を出していないであろう未管理区画がいくつか存在する。
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現在も定期的に草刈り業者が入る区画。
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全く管理もされず放置された区画。

 それらの区画は雑木も生え放題で今や足を踏み入れる余地もないどころか、隣接区画や私道上にまで雑草や雑木が越境している有様で、隣接区画の在住者には非常に迷惑な話なのだが、おそらく所有者は、自ら所有する土地の現状すら把握していないであろうし、そもそも登記簿に記載された所有者の生死すら不明な状況である。

 試しに、僕が借りた家の隣の未管理区画の登記簿を取得して見たのだが、そこに記載された所有者の登記は、昭和62年(1987年)の分譲時に行われたもので、しかも記載された所有者の住所(東京都内)をグーグルマップで調べてみると、それは何の変哲もない単なる安っぽい賃貸アパートであった。居住の確認はしていないが、わざわざ調べるまでもなく、そんな安普請の賃貸アパートに、移転登記から33年が経過した今も変わらず住み続けている可能性は極めて低いだろう。越境樹木の伐採は、あくまでその土地の所有者へ陳情するのが原則というか、現状ではそれ以外に法的に認められた対処方法はないのだが、これではどんなに樹木の越境で迷惑をこうむっていようとも、陳情先がないことになる。
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未管理区画の雑草が私道上にまで越境する。
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未管理区画に不法投棄された冷蔵庫。

 行政は権限で転居先の情報を追えるので、固定資産税の請求は今でも行われているとは思うが、越境樹木程度の問題で、行政が無関係の第三者にその請求先の情報を公開することは、個人情報保護の観点から考えてあり得ない。つまり行政を間に挟んだうえで所有者に要望を伝えてもらうことになるのだが、これまでそんな要望を出す者もいなかったのであろう、未管理区画の荒廃は極限まで進んでいる。ついでに言えば僕が物置用地として取得した区画も、当初はまったく同じ状態であった。


②資産価値の溶解
 先にも述べたように、この分譲地は現在でも販売中の区画がいくつかある。僕が購入した区画も、元々は売地の看板が出されていたもので、当初は30坪で40万円の売値だったところを、所有者の方と直接交渉して20万円で取得したものである。売り物件として広告が出されていた区画の中では、値引き前からこの土地が一番最安値であり、同分譲地内の他の売地はもう少し高い価格が付けられている。
大里売地
 一例を挙げると、上の画像の土地は、大網白里市内の宅地管理業者「大里綜合管理」のサイトに掲載されているもので、約30坪で78万円、坪単価にして2.5万円の価格が付けられている。確かにこの区画は南西角地であり、こんな最果ての立地でありながら旗竿地の区画も存在するこの分譲地においては条件の良い区画ではあるが、それにしても少々お高い坪単価である。

 しかし、具体的な所在地の公開は控えるが、この分譲地には隣接する2区画合わせて300万円とかいう、ほとんど幻覚に近いレベルまで期待値を釣り上げた売地も存在するので、それに比べればまだマシとも言えなくもない。また、別の区画で、31坪で150万円の価格が付けられた売地広告もある。
150万円売地修整
31坪で150万の売値で今も出されている広告。

 その他の売地に関しては問い合わせていないので価格は不明だが、とりあえず成約している気配は全く感じられないので、おそらく相場から乖離した売値が呈示されているであろうことは想像に難くない。なお、一区画だけ、手書きの連絡先が記された小さな立札を立てていた区画もあったのだが、その立て札も風雨に晒され、今は文字が消滅してしまっている。
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画像左側、白い外壁の家屋の手前が78万円の売地。(2018年撮影)
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分譲地内の売地看板。この看板は2019年秋の台風15号で損壊し、今は空地に放棄されている。(2019年撮影)
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「売り物件 ご連絡下さい」の一文とともに、所有者の連絡先が記された立札。(2018年撮影)
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2020年現在、風雨により文字は完全に消え、誰もご連絡できない状態になっている。

 しかし、この分譲地の売地の価格が実勢相場と乖離しているのにはもちろん理由がある。今回、この分譲地で暮らしだすにあたって、僕は分譲地内の複数の未管理区画の登記簿を取得してみたのだが、そのうちのある区画には、購入時の所有権移転登記と同時に、購入資金の借り入れによって金融機関が設定した抵当権が登記されていた。

 その金額は何と600万円。この分譲地は1987年に分譲されたもので、時代としてはバブル突入期といったところだが、少なくとも、これが頭金0のフルローンであったとしても、最低でもこの分譲地は30坪の区画が1区画600万円で販売されていたことになる。
抵当権
未管理区画に設定されていた600万円の抵当権。

 既に述べたように僕はこの分譲地を20万円で取得している。実に30分の1の大暴落であり、分譲当初の坪単価と同額である。確かに僕は価格交渉して値引き価格で購入してはいるが、この土地はそもそも、値引き前でも40万円という売値で数年間売りに出されていたものだ。すなわち当初の分譲価格の15分の1の売値でも、ずっと買い手が付かず売れ残っていたことになる。これでは2区画で300万円の売地など、地球が滅亡するまで買い手など現れることはないだろう。

 それにしてもこの暴落ぶりは、他の限界分譲地と比較してもすさまじいものであり(通常は大体10分の1ほど)、そもそも当時の水準から考えても、立地に対して売値が高すぎるというのもあるが、これでは当初の取得者が現在の相場に納得できなくても、それを責めるのはさすがに気の毒になってくる。というわけでこれらの売地はすべて、今日も浮世離れした価格で絶賛売出中のままである。
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実勢相場の暴落とともに、時代に取り残された売地。この価格では僕も買う気は一切なく、売れる気配はまったくない。


③荒廃する共用部
 この分譲地は舗装こそされているが、道路は私道である。私道は共有持分ではなく、私道部分も細かく分筆され、それぞれ1筆ずつ区画所有者が単独で所有しているが、特に所有する区画の前面道路が割り当てられているわけでもなく、例えば僕が所有する私道も、所有する区画とは全く関係ない位置のものである。

 私道ということで、当然その管理や補修は公道と異なり所有者自身で行わなければならないのだが、実に困ったことにこの分譲地は、分譲当初に区画を取得し、今もここで暮らす住民は1人もいない。更地は分譲当初から塩漬けのままのものがほとんどだが、7棟ある家屋は、現在空き家として放置されている一棟を除き、他はすべて、新たに取得した住民が居住しているか、あるいは我が家のように貸家として転用されて住民の入れ替わりが続いている。
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この分譲地には、分譲当初からの住民は1人もおらず、我が家も含めてすべてのちに転入した住民である。

 つまりどういうことかと言うと、この分譲地は、現在の住民はすべて転入の時期も動機もバラバラであるがゆえに、道路や側溝などの共有部を自主管理する仕組みが、今なおまったく構築されていないということである。もとより7戸しかないのでは、たとえ住民のすべてが分譲当初からの居住者であったとしても、現実的に自主管理は困難であるとは思うが、住民の入れ替わりが繰り返されるこの分譲地は周辺地域からも完全に孤立しており、居住を開始しても、田舎の集落にありがちな近隣住民の訪問もなければ自治会への勧誘もまったくない。言ってしまえば、言葉は悪いが「無責任の連鎖」が続いてきたこの分譲地は、開発から33年が経過した今、随所にその共用部の劣化が見られるようになっている。
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 この分譲地は、こんな僻地の立地でありながら一応上水道は来ているのだが、下水道は来ていないので各戸に浄化槽が設置されている。その浄化槽の排水が、宅内処理をされているのか、それとも前面道路の側溝に流されているのかは調べないとわからないのだが、少なくとも分譲地内の側溝は多くが砂泥やゴミでつまり、まともに機能しなくなっている。

 また、特に側溝のグレーチング周辺の路盤の傷みが激しく、一部は崩落している。地盤沈下が起きたのか、側溝のコンクリとの蓋そのものが傾斜している箇所もあるが、もちろん言うまでもなく行政は補修してくれないし、分譲マンションのような共用部の修繕費用の積立も行われていない。「八街市朝日 僕が暮らした限界分譲地」の記事でも述べたように、分譲地によっては、こうした共用部の管理・補修のための修繕積立金を徴収しているところもあるのだが、住民の入れ替わりが続いてきたこの限界分譲地ではそんなものを主導する者もいなかったであろうし、賃貸物件の住民にそんな協力を求めることも難しかったであろう。現状を放置すれば、やがてそう遠くない将来、この分譲地は住宅地としての機能性が完全に失われることになる。私道上には朽ち果てた二輪車が放置されているが、これを撤去する者もいない。
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陥没・崩落する路盤と側溝。
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砂泥とゴミが詰まった側溝。
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やや沈下が見られる側溝部。
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私道上に放置された二輪車の残骸。


④所有者が存在しない残余地
 この分譲地は、宅地として分譲された区画は、いくつかの旗竿地を除きほとんどが整形地だが、分筆の際に生じたいくつかの不整形の残余地は、宅地としては販売されず、公園用地やゴミ集積場となっている。

 「公園用地」と書いたのは、一応この土地はフェンスで囲われた形跡があり公園スペースとして提供された形跡はあるのだが、未管理区画同様、今では雑木や雑草が生い茂りとても足を踏み入れられる状況にないからである。ゴミ集積場はコンクリート舗装などに傷みはみられるものの現在も変わらず集積場として使われているが、いずれにせよ問題なのは、現在、この公園用地やゴミ集積場の区画の所有権は、1988年に何らかの事情でこの分譲地の共有部を取得した東京都内の不動産業者の名義のままであることだ。
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分譲地の残余地である公園用地。雑木に覆われ画像では判りにくいが、金網フェンスで囲まれている。
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もはや公園としての機能は果たしておらず荒れ放題である。
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分譲地のゴミ集積場。

 その業者は「株式会社エス・ブイ・シー」なる会社であり、ゴミ集積場の登記簿には所在地が新宿区新宿二丁目と記されているが、一方の公園用地の登記簿には豊島区東池袋とある。それぞれ取得時期も異なるようで、どういった事情で、こんな僻地の分譲地の、それも宅地として売りものにもならないような残余地の取得に至ったのかは、今となってはわからない。

 法人登記簿を確認すると、「株式会社エス・ブイ・シー」は、都内の他に東金や大網白里にも事務所を抱えていたようなのだが、おそらくある時期から資金繰りでも悪化して事業の継続が困難になったのであろう、平成27年(2015年)1月20日に、会社法第472条第1項(休眠会社のみなし解散)の規定により解散の登記が行われている。つまり現在は存在しない会社である。
山武郡横芝光町木戸10697-45
ゴミ集積場が設置されている残余地の登記簿。所有者名義は「株式会社エス・ブイ・シー」になっている。
株式会社エス・ブイ・シー法人登記簿
「株式会社エス・ブイ・シー」の法人登記簿。平成27年(2015年)に会社法第472条第1項の規定によりみなし解散の登記がされている。

 しかし、法人登記は解散すればそれで良いかもしれないが、不動産登記はそうはいかない。個人名義とは異なり、法人名義の場合、解散してしまうと、個人のように転居先があるわけでもなく、相続人がいる訳でもなく、事実上、所有者がこの世から消滅してしまうことになるのである。実はこれは僕が住宅予定地として取得した芝山町の宅地の隣の公園もまったく同じ状態であり、私道や公園、共有井戸や集中浄化槽など、共有部が開発業者などの名義のままになっている分譲地は相当数あるのではないかと推察される。
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所有者が存在しない残余地が残されている(写真右側)。

 当ブログで紹介している分譲地のうち、千葉県内のものは、僕が調べた限りではそのすべてが、当初の開発業者は既に事実上廃業している。これまで登記簿や開発許可の台帳などで目にした業者が、今も営業を続けていた例は知らない。そんな状況の中、所有者が完全に不在となった状態のまま、第三者が法的に何の権限も有さない不動産は、果たしてどれほどの数が残されているのか。越境樹木程度なら勝手に刈り払っても、そもそも所有者がいないのだから問題となることもないだろうが、もしこれが私道であった場合、例えばそこに公共の上下水道が埋設される計画が立てられたとしても、地権者の承諾を得る手段が存在しないのである。これは不動産登記というシステムの根幹を揺るがす重大な問題であろう。
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所有者の連絡先が不明なのではなく、所有者自体が存在しないという事態は、不動産登記のシステムの重大な欠陥であろう。

 と言うことで今回は、僕が暮らし始めた分譲地が抱える深刻な問題点を4つ紹介してみた。この他にも、この分譲地は河川や海が近く災害時のリスクが高い問題点もあるのだが、それは限界分譲地固有の問題とはまた異なる話なのでここでは割愛するとして、それにしても改めてその問題点を書き出してみると、俺はどうしてわざわざこんなところに引っ越してきたのだと改めて不安に駆られてしまう。

 しかしながら、写真でもその一端はお伝えできているとは思うのだが、この分譲地は家屋が少ない分日当たりも良く開放的で、海が近いのはリスクもあるが、夏場でも夜になれば涼しい海風で冷房が不要なほどの環境である。家賃も高くないし、あまり濃密すぎる人間関係もないので、なんのかんのでこの限界分譲地の暮らしを楽しみ始めているところでもある。僕のような非力な一個人が、どこまでこの問題が山積みの限界分譲地に立ち向かえるのか、正直言って自信はないのだが、今後もこの分譲地の模様については継続的に報告していきたいと考えている。
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