IMG_20210128_132017
 今から23年前の1998年8月7日、秋田地方裁判所において、あるひとつの住民集団訴訟が提起された。原告は、秋田県からは遠く離れた千葉県山武町(現・山武市)の住民24名。被告は、秋田県、秋田銀行、北都銀行、そして、秋田杉の需要拡大を目的に1982年に設立された第三セクター「秋田県木造住宅株式会社(以下「県木住」)」(93年に経営再建を目的に、事業を子会社の「株式会社秋住(以下「秋住」)」に移譲。)の取締役や監査役など元幹部15名に及ぶ非常に大掛かりな住民訴訟であった。

 のちに「秋住事件」として長く語り継がれることになるこの住民訴訟は、提訴より遡ること8年、1990年より2年半ほどの間に、県木住が山武町に建築した建売住宅で、悉く地盤沈下や施工不良などの欠陥・不具合が発生し多大な損害を被ったとして、その購入者が共同で秋田県に対し総額7億円の損害賠償請求を行ったものである。
秋住事件記事
住宅購入者による提訴を報じる当時の新聞記事。(左「毎日新聞」右「千葉日報」1998年8月8日付)

 施工会社である県木住は、バブル崩壊後より経営状況が悪化し多額の負債に苦しみ、その提訴より半年前の98年2月、すでに子会社の秋住と共に東京地裁において破産決定がくだされていたが、住民としては、秋住の販売パンフレットに当時の佐々木喜久治県知事が自らの写真入りで推薦の言葉を寄せていることから、県自ら秋住の運営母体が秋田県であると誤認誘導させる役割を担っており、したがって県はその責任は免れないと判断して訴訟に踏み切ったものだ。

 その「秋住事件」の顛末は、今でもネット上のいくつかのサイトで、欠陥住宅訴訟のモデルケースとして言及されている。また、その欠陥住宅の実態を取材した当時のニュース報道の映像もYouTubeに上げられており、そのあまりに杜撰な工事には驚きを禁じ得ないと同時に、なぜ県木住は秋田杉の普及のためにわざわざ山武杉の本拠地に進出したのか不思議になるのだが、訴訟そのものは2002年に和解が成立しており、表立ってこの問題が語られる機会はなくなった。
 秋住の破産と、明るみに出た欠陥住宅の模様を報じる当時のニュース報道(「ニュース+1」 日本テレビ 1998年6月17日放映)

 元々欠陥住宅に関するトラブルは、過去幾度となくメディアで取り上げられてきているものの、当事者にとっては重い高額のローン負担など人生を左右するような深刻な問題でも、実はそこまで珍しい話題でもないためか、人々の記憶に強く残る事件は多くない。しかしこの秋住事件に関しては、第三セクターという公的な側面を持つ事業体に対して起こされた提訴であること、そして秋田杉という、銘木として広く知られているブランドイメージを毀損しかねないスキャンダルであるということで、訴訟当時は秋田県内でも大きく問題視されたようだ。

 提訴から9ヶ月後に発行された秋田県の県政だより『あきた新時代 99年度vol.2』の冒頭で、当時の秋田県知事・寺田典城氏が「県民の皆様へ 千葉県山武町で発生した被害住宅の問題について」と題して県民への釈明を行っている。それによれば、係争中のことであるし第三セクターの担保責任を県がそのまま負担はできないと判断はしたものの(原告側はこの判断にも疑義を挟んでいる)、道義的責任や風評への観点から看過は出来ず、地元の関係団体によって結成された、修復工事による被害者救済を目的としたボランティア団体「秋田のイメージを回復する会」へ県費による助成を行ったとのことである。
199905-2「秋住事件」に関する寺田典城秋田県知事(当時)による釈明。(「県政だより あきた新時代 1999年vol.2」)

 県内の第三セクターが引き起こした不祥事とは言え、ほとんどの秋田県民にとってはまったく無関係の問題であり、その解決のために公費が投じられるとなれば、県としては当然県民に対する説明責任は免れなかったのであろうが、それにしても「秋田のイメージを回復する会」というあまりにストレートな団体名に、当時の関係者の苦悩を垣間見ることが出来る。その一方で、寺田県知事の語り口は、訴訟はあくまで一部の住民によるもので、全体としては被害者の救済はおおむね行われ事実上の和解は完了しているとして幕引きを図りたい思惑が滲み出ている気がしなくもない。

 しかし、既に紹介してきたようにこの事件は当時メディアでも大きく取り上げられたために、今日においても周辺地域においては周知の事実として記憶に残っている。原告側はメディアの取材にも応じておりその覚悟を決めての提訴であったであろうが、行われたのはあくまで補修工事であり、地盤の大幅な改良工事や家屋の刷新が行われたわけではなく、地元においては紛うなき欠陥住宅地として、今なお消すことのできない汚名を轟かせたままなのである。

 もちろん、当時の県知事や地元ボランティア団体の対応が誠実なものであったことに疑いはなく、それについて今更僕が疑義を挟むつもりはないし、際限なく補償を続けるべきだと考えているわけでもない。だがそれにしても、和解から20年近く経過した今なお、真の問題解決とは未だ程遠い状況にあるということに、全く暗澹たる思いをさせられるのである。


 さて、ではその県木住が建売住宅を販売した分譲地の現況は、いったいどうなっているのか。県木住は山武町内において複数の分譲地を開発・販売しており、いくつかその分譲地と思われるものは既に承知しているのだが、今回はその中で、確実に県木住の手によるものと判明している、市内某所の分譲地を訪問してきた。
IMG_20210128_131006県木住によって分譲販売された山武市内の分譲地。
akijuu3
当時のニュース報道で放映された、同じ場所の模様。画面右側の大きな看板は県木住のもの。

 戸数は20戸程度の小規模な分譲地であり、当記事においては所在地の公開は控えているのであまり周辺地域の状況を細かく記すわけにはいかないが、軽自動車が辛うじて1台通れるような雑木林の狭隘路の先にまで謎の分譲地が展開されている山武市内においては、この分譲地は、利便性の面ではそれほど条件が悪いわけではない。

 しかし、多くのネット記事や当時のニュース報道でも触れられているように、県木住の建売住宅は、元々田んぼや沼地であった軟弱地盤にろくな地盤改良工事も施さず建てられており、すなわちそれが地盤沈下などの被害を引き起こした主要因である。そして、これは秋住が秋田県の第3セクターで、かつその第3セクターに対する住民訴訟というものが珍しかったために大きく注目を浴びただけのことで、旧山武町に限らずこの時代の住宅販売は、軟弱地盤の開発や地盤沈下の被害自体は、実はまったく珍しい現象ではないのである。僕もこれまで分譲地を見て回っていて、家屋や空地、街路が沈下している光景はもう幾度となく目にしている。
IMG_20210128_130302
山武市内では、秋住の分譲地に限らず、谷戸の軟弱地盤に開発された分譲地を見ることは珍しくない。
20180420_155330
地盤沈下によって大きく歪んだ九十九里町の空き家。

 そのため、この分譲地を訪問するのは今回が初めてのことであったが、補修工事が施されたとも聞いているし、道路や外構に多少の歪みが見られる程度かなと当初は軽く考えていた。実際、分譲地の入口付近の建物の多くは、外から見ただけでは沈下の被害を目で確認できるものでもなく、実際に住民も暮らしている。しかし小規模な分譲地の割に、空き家らしき居住感の少ない家屋が目立つのも事実である。
IMG_20210128_131112
分譲地は20戸程度の小規模なものであり、特に道路の幅員が狭いわけでもない。

 後に調べてみたところ、当時秋住の建売住宅の補修工事に赴いた建築事務所のブログによれば、湿気の多い軟弱地盤であるために近隣道路に大型車が通るたびに建物は大きく振動し、床下は湿気がひどくカビが多く発生していたとのことであった。それでは家屋への愛着など湧くはずもなく、また売却もおそらく困難が伴うであろうことから空き家が多くなっているものと推察される。ただ入口から中ほどまでにかけての分譲地の模様は、一見すると変わったところも見られないごくありきたりのミニ分譲地であるという印象を受ける。
IMG_20210128_131053
綺麗には保たれているが、ポストにチラシが溢れていた空き家。
IMG_20210128_131208
IMG_20210128_131231
空家である確証はないが、居住感の乏しい家屋が目立つ。

 しかし、分譲地の奥へ進むとその様相は一変してくる。遠目から見ていても、なんとなく分譲地の奥の方は道路が少し波打っているような違和感はあったのだが、奥の方は特に地盤沈下が激しかったようで、空き家は基礎が大きく浮き上がり、建物には亀裂が入り、既に基礎そのものも損壊している有様であった。浮き上がった基礎と地面の隙間には土嚢袋を置いて塞いだり、あとから継ぎ足すかのように基礎の補修を施した形跡はあるのだが、沈下はなおも止まらなかった模様である。

 後に聞いたところでは、県木住が開発した分譲地では、地盤が弱いために東日本大震災による被害が甚大であった所もあるらしいので、あるいはここも震災の影響でより被害が拡大したのかもしれない。確かに単なる地盤沈下にしては被害の度合いが大きすぎる気もする。
IMG_20210128_131623
分譲地の奥は、遠目に見ても路盤が歪んでいるのが見て取れる。
IMG_20210128_131252
地盤沈下により基礎が浮き上がった空き家。
IMG_20210128_131458
IMG_20210128_131430
補修を施した形跡はあるが、既に建物に亀裂も入り、基礎の一部も損壊している。
IMG_20210128_131405
浮き上がった基礎の周りに置かれた土嚢袋。玄関周りも破損しているのが見える。

 最奥部にある家屋は、今も非常に大掛かりな外構工事を行っていた模様であったが、さらに問題なのは道路などの共用部である。地盤沈下は路盤でも発生しているために側溝は破損し、また窪地となった部分はもはや排水の為の側溝が機能しておらず、溢れ返った雨水で冠水してしまっている。この道路は形状から見ておそらく私道であると思うが、分譲地の経緯や現状から考えても、共有持分者全員の合意を取って補修工事を行うことは極めて困難だろう。
IMG_20210128_131422
沈下し、窪地となってしまっている道路。
IMG_20210128_131514
IMG_20210128_131521
側溝の排水機能は損なわれ、雨水が溢れ冠水している。

 正直なところ、この現況は僕が想像していたものより大幅に上回るひどいもので、所在地を伏せたとしても公開をためらうものであったのだが、しかし今後の住まいのあり方の提言をするうえで、所有者、否、被害者(と断定して差し支えない状況であろう)の方には申し訳ないが、これも一つのケーススタディとして、あえてその模様を公開させてもらう判断をした。

 先ほど紹介したYouTube動画のコメント欄でも散見されるが、こうした地盤や土地の地勢に起因した欠陥住宅の問題が取り沙汰されると、必ず出て来るのが、事前の下調べを怠った購入者に対する、ある種の自己責任論である。確かに、欠陥住宅被害の救済制度や、そもそも欠陥住宅の発生を防ぐための法整備は未だ充分なものであるとは言い難く、現状でこのような被害を防ぐにはまず自分自身で念入りな調査をして防衛する以外の手段はないのだが、それにしてもいくら住宅建築が高額なものであるとは言え、専門外である一般市民が、専門知識で武装して100点満点の結果を出せというのは酷な話であろう。
IMG_20210128_131309
 また、今の時代ならまだしも、この県木住が建売住宅の販売を行っていた当時の住宅市場は、給与所得で生計を立てるサラリーマンでは、おいそれと居住地を自由に選べる状況ではなかったことも指摘しなくてはならない。ニュース報道にもある通り、この時代は、駐車場が1台分しか確保されていないような規模の建売でも、3000万円以上の値付けがされていた時代である。今日、利便性の低い旧山武町内では建売住宅の販売はほとんど行われていないが、成東駅近隣で倍くらいの敷地面積を持った建売住宅でも、現在の販売価格は半値以下である。東京都内の新築戸建の販売価格は1億円を下ることがまずなかった地価狂乱の時代、この利便性の低い軟弱地盤の住宅地を選択した住民を、それがたとえ相対的な価格の安さに惑わされたものであったとしても、今日の感覚で嗤うのは賢明な態度とは言えないだろう。これは、ある意味では住民は時代の犠牲になった結果なのである。

 被害住民が総額7億円にも及ぶ損害賠償請求に踏み切ったのも、その高額のローン負担を抱えたまま、さらに別のところに新たに住居を構えることが困難であったからである。そもそもこのような悪条件の立地の住宅地でも商品として成立し得たこと自体、地価狂乱が引き起こした結末のひとつでもあり、つまるところこの事件はそのすべてが、あまりに重すぎる住居費用の負担が生み出した悲劇であると断じざるを得ないのだ。
IMG_20210128_131357
 欠陥住宅被害は住宅取得後に起こりうるトラブルの中でも間違いなく最悪のものだが、住宅の欠陥だけでなく、不測の事態、不慮の事態などは誰しも起こりうる。安い中古住宅であれば欠陥が出ても問題ないと言うわけではないが、バブル期のサラリーマンのように、人生の大半を高額の住宅ローンの返済に回さなくてはならない人生設計を、終身雇用制度が崩壊したと言われる今日の時代においてもまだ続けることは、リスク管理の観点から考えても、もう見限らなければならない時代に来ているとは思う。都市部であれば地価の下落も少なく、売却してもある程度は回収は見込めるかもしれないが、元々そのような好条件の立地の物件は、仮にローンであれ一定以上の支払い能力を有した方でなければ取得は困難であろう。

 地盤の調査を念入りに行う、手抜き工事を行わない施工会社を見つける、それらももちろん家作りの上で大事なことであるが、何より大前提として、無理過ぎるローンは組まず、生活費における住居費用の占める負担の割合を可能な限り下げていく。収入面や属性の面で、高額で担保価値の高い物件の取得な困難な方は、何よりこのことこそが、その後の人生における一番の担保になるのではないか。

 日本の古い住宅は特に建物の性能が低いとは昨今よく指摘されるが、諸外国の事情が何であれ、現状では国内市場における格安の物件はそのような低性能の中古家屋しか出回っていない以上、なんとかそれを活かして使って行く道を模索する以外にあるまい。長引く経済低迷で国際的な競争力も落ちていると言うのなら、せめて住まいだけは問題なく暮らせるものを容易に確保できる社会を作っていかなくてはならないのだと、僕は考えている。
IMG_20210128_131016

※こちらの分譲地の所在地の公表は控えさせていただいております。


【参考資料・サイト】
・「毎日新聞縮刷版」1998年2月
・「千葉日報縮刷版」1998年2月
・「県政だより あきた新時代 1999年vol.2」
「欠陥住宅ネット 秋住事件についての報告」(欠陥住宅被害全国連絡協議会)
「「秋住」欠陥住宅の調査」(建築工房N設計)
平成10年(ワ)第213号平成14年1月18日 秋田地方裁判所民事部 和解に向けての裁判所からの提言