過日、大洋村のミニ別荘を取得したことによって、読者の方より様々な反響を頂いたのだが、何より驚かされたのは、当ブログの読者の方の中には、大洋村の別荘を所有、あるいはかつて所有していた方が何人もいらっしゃったことである(ツイッターのフォロワーさんにも複数いる)。確かに、大洋村には現在、数千棟にも及ぶ別荘住宅が存在し、その少なくない数が既に朽ち果てて使用不能とはなっているものの、所有者の入れ替わりも激しいので、これだけ大洋村についてあれこれ書いていれば、読者の中にも縁のある方がいらっしゃっても不思議ではない。

 そして今回、読者の方より、当ブログで割と槍玉にあげられている旧開発業者のひとつ「メイキング」が、別荘利用者向けに発行した菜園づくりのガイドのパンフレット(1979年発行)のコピーをご提供いただいた。これまで菜園を作る機会もなかった都市部在住の利用者に向けて野菜作りの方法の解説をしたものだが、今となっては貴重な開発当時の別荘地の模様をとらえた写真や、一部興味深い記事も掲載されているので、今回は資料としてここで紹介したい。
メイキング冊子001
1979年に株式会社メイキングが別荘利用者向けに発行した菜園作りのガイドブック。
メイキング冊子002
メイキング冊子003
メイキング冊子004
メイキング冊子005
 今でこそ70年代の古い別荘地は、多くが鬱蒼とした雑木林に包まれ、よほど丁寧に管理している区画でなければ、どこの家の庭もドクダミしか生えてこないような薄暗いところばかりだが、当時のパンフレットに写る別荘地は明るく、そのコンセプトも明確であったことが分かる。所得に対して占める住宅費用は今日よりもずっと高く、都市部の住民は菜園を拵えるスペースの確保も難しかったのかもしれない。また当時は公害や大気汚染なども深刻な時代であり、都市部の住環境が今日よりもずっと悪かったことも、農村や山間部の別荘地が注目を集めた理由のひとつだろう。

 昨今は新型コロナウイルスの影響で、伝統的な別荘文化を持つロシアでは、菜園付別荘「ダーチャ」の利用が見直されているとAsahi Shinbun Globe+の報道記事で読んだが、大洋村の別荘も今再び、そんな都市部からの逃避所として再活用されないものかと密かに願っている。

(参考サイト:Asahi Shinbun Globe+「外出自粛でも別荘行きはOK 見直されるロシアの「ダーチャ」と家族の価値」https://globe.asahi.com/article/13445445

 ちなみに以前の記事で、当時の建売ミニ別荘は、外壁にパーティクルボードを使用していることに触れたが、今回、このパンフレットをご提供いただいた読者の方によれば、この時代は、現在でも営業を続ける建材会社「株式会社ノダ」が、1964年に開発した「ノダサイディング」という外壁材を販売していて(製法はパーティクルボードと同じ)、当時はこれが住宅建材として一般的に利用されていたそうである。大洋村のミニ別荘にもこの「ノダサイディング」が使われている。

(参考サイト:「株式会社ノダ」公式サイトhttp://www.noda-co.jp/corporate/outline.html
 

 前述のようにこのパンフレットは野菜作りの指南がメインで、他に近隣のレジャー施設やレストランの案内がある他は、当ブログとしては改めて注目するような記事はこれと言ってないのだが、巻末に、株式会社メイキングの会社紹介と、当時の利用者向けに「別荘生活Q&A」と題した質問回答形式の短いコラムがある。これによれば、株式会社メイキングは元々新宿区の百人町に本社を構えていた東京の会社で、70年代初頭より大洋村をターゲットに別荘開発を進めていたそうである。

 「別荘生活Q&A」は、「ガスがなくなったらどうしますか」「電気がつかない時は…」といったような、別荘利用時に起こりうるトラブルについて簡単に解説したものだが、その中に「建物のペンキの色はどのくらいの割合で塗り変えればよいのでしょう」という質問がある。
メイキング冊子006
パンフレットに掲載されている「別荘生活Q&A」。

 その回答は「大体二年に一度くらいです」という極めて無慈悲なもので、そんな頻度では、人によっては毎回大洋村に来るたびに草刈りとペンキ塗りで終わってしまうのでは…という気がするのだが、それにしても二年に一度の塗り替えが必要なことを、あっさり自社パンフレットで紹介してしまうのもすごい。株式会社ノダには悪いが、やはりパーティクルボードの外壁材は耐久性に無理があり、そしてそれが当時の建築技術の限界であったということであろう(70年代までの日本の民家の建築技術の水準は今日とは比較にならないほど低い)。他にも、雨でぬかるみにはまった時は近所の農家に応援を頼めとか、それはちょっと適当すぎる回答だろと突っ込みたくなる個所もある。

 気になるのは、外装の改築は、メイキングと合意の上OKなどと書いてある箇所である。現在の所有権を確認する限り、管理会社の所有はあくまで共用井戸や私道上の街灯だけで、個別の敷地や家屋については特に管理会社や旧開発会社との共有部はなく、外装であれ改築に合意など取る必要はないのだが、当時はそうではなかったのだろうか。当時は管理規約があったものの、築年が経過し、建て替えも進んで有名無実化したものだろうか。

 
 と言うことで、今回は簡単に当時のパンフレットを紹介した。特にどこかの別荘地を紹介する記事ではないが、当ブログにおいては、既に散逸した大洋村の別荘地の古い情報を集約させていきたいという思いもあるので、今後も何か貴重な資料を入手したら、その都度このような形で紹介していきたいと考えている。併せて情報のご提供もお待ちしております。