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 2019年の台風15号通過後、僕は知人の案内で、かつて別荘地の乱開発に晒され、今なお多くの廃別荘が残る茨城県の旧大洋村(現・鉾田市)を訪問したことは既にお伝えした。その光景は、それなりに千葉の限界分譲地は見慣れてきたと内心自負していた僕も強い衝撃を受けたもので、その後も知人と互いに打診していたのだが、予定を合わすことが叶わず、再訪は叶わないまま数か月が経過していた。

 そんな折、現在整備中の、横芝光の僕の所有地で、焼却炉として使うドラム缶をYahoo!オークションで物色していたところ、奇遇にも鉾田市内の業者の出品物が見つかった。これはついでに分譲地調査も行えるということで、実は鹿嶋市内でもドラム缶の出品はあり、それは引き取りが面倒だと渋っていたくせに、鹿島より遠い鉾田の出品物を秒速で入札し購入した。今回の記事は、そのドラム缶の引き取りの際に行ったものである。
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鉾田市内の業者より購入したドラム缶。

 当ブログは本来、分譲地の在り様を居住者・使用者の目線から考察・提案するのが原則で、土地勘もなく、所有してもいない大洋村の別荘地についてあれこれ語ることは、悪く言えば単なる物見遊山であり、多少の抵抗がある。出来れば僕としても、大洋村の古い別荘をひとつ取得したうえで調査を本格的に進めたかったのだが、自宅の建築を控え、物置用地の整備に追われる今の僕にはとても大洋村の別荘まで購入・維持管理する余裕はなく、仕方ないのでプライドは後回しにしてその取って付けたような「原則」とやらをあっさりへし折ることにした。


 ということで、今回の調査は、知人の案内もなく、僕と、渋る妻の二人で行うことになったのだが、前述の通り僕は大洋村には土地勘がない。別荘地自体は、村内を少し走り回れば至る所で見かけるどころか、石を投げれば別荘のガラスが割れると言った過密状態であるとは言え、どこの別荘地がどんな状態なのか、事前知識がまったくない。大洋村の別荘開発に関しては、前回の訪問後、大洋村に強い関心を寄せるTwitterのフォロワーさんによって『旧鹿島郡大洋村における「ミニ別荘」の現況と今後』という、優れた論文資料の存在を知ることが出来たのだが(文末にリンクを貼っておきます)、この論文も既に作成から10年以上が経過しているうえ、紹介されている別荘地の具体的な所在地は明記されていない。そこで今回は、グーグルマップの航空写真を使って、以前から気になっていた、森の奥深くに眠る上幡木地区の別荘地を、最初の単独調査と定めた。

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訪問した上幡木の別荘地(国土地理院の航空写真)。南側の2つの別荘地は現在、グーグルマップに道路が記載されていない。

 詳細な所在地はいつも通り文末にグーグルマップを埋め込んであるが、上の画像、赤枠内に見える分譲地が、今回踏査した上幡木の別荘地である。この別荘地、現在のグーグルマップでは、分譲地に至る道路が表示されない。ゼンリンの地図データを使用するYahoo!地図では道路が記載されているので、おそらくグーグルの地図データにはその道路情報がないものと思われるが、このご時世に、グーグルに道路情報すら把握されていない別荘地とは一体どんなものかと、それこそ物見遊山以外の何物でもない動機で訪問したものである。
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上幡木の別荘地周辺の風景。北総と変わらない畑作農村だ。
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別荘地の入口。自治会名を記す看板があるが、道路は舗装されていない。

 別荘地に至るまでの風景は、前回訪問時と同様、道路脇に畑が広がる何の変哲もない農村だ。別荘地の進入路の入口には「四牧山入口」と記載された手書きの看板がある。その上には、個人名と思われる苗字を記した看板が掲げられているが、これはおそらく住民の方の名前であろう。前回訪問した別荘地もそうだが、大洋村の別荘地は、一見しただけではとてもこの先に住居があるとは思えない未舗装の狭隘路の先にあるものが少なくなく、これらの看板も、居住者が、訪問者や配達員に配慮して掲示したものであろう。電力会社への配慮はあまりないようだがそれはいいとして、四輪車で入り込むのは少々勇気のいるロケーションだが進入してみると、その道は雑木林の奥深くへと続いていた。
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入口から少し進むと、周囲は雑木林となる。
 
 未舗装の道をしばらく進むと、丁字路の道脇に背の低いカーブミラーがあり、その下に「みんなの四牧山自治会」と記載されている。「四牧山」はこの一帯の旧来からの字だが、「四牧山入口」と書かれた進入路の入口から先は既に、旧来からの土着の農家と思われる居宅は一切なく別荘風の家屋しかないので、どうやら別荘地だけで単一の自治会が形成されているらしい(写真を撮り忘れたが、自治会名が書かれたゴミ集積場もあった)。大洋村の別荘地は集中井戸のところが多く、また別荘地とはいえ永住世帯も少なくないので、こうして自治会が運営されているのであろう。それにしても「みんなの」と言う割に人の気配はまったくなく、進めば進むほど森は濃くなっていく一方である。
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自治会名が記載されたカーブミラー。別荘地でありながら、自治会が形成されている。

 それでもなおも進むと、やがて道路脇に、ポツポツと別荘風の建物が現れ始める。別荘地の片隅には「287 メイキング」と書かれた小さな木箱がある。横に電柱があることから、これも前回紹介した別荘地同様、景観に配慮した井戸ポンプの倉庫であろう。

 ところでこの、開発期が併記された「メイキング」という開発業者の看板は、村内や、隣町の鹿島灘駅周辺を走っていると至る所で見かけるのだが、今回訪問時で、400を超える開発期が記載されたものを見かけた。それはまさに「狂気の沙汰」と断じるほかない末期的な乱開発である。
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大洋村で乱開発を進めた開発業者名が記載された井戸ポンプ倉庫。

 しかしこのあたりまでは、グーグルマップでも道路が記載されていることもあってか、建物も利用されていて、それほど荒れた印象はない。道路はその先にもさらに伸びているが、既に道路脇の両側は、あまり管理されていない鬱蒼とした林(県有林)である。日も当たらず、既にグーグルマップの位置情報も、電波が届かず正確な位置を捕捉できていない。このまま四輪車で進んで、引き返せるところはあるのだろうかと思った矢先に、いよいよ今回の目的地の分譲地が見えてきた。
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分譲地の周辺は県有林。今は消滅した「大洋村」の名称を掲げた看板もある。
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森の奥深くに、目的の別荘地が見えてくる。

 最初に目にした家屋は早速空き家であったが、朽ち果てて崩れ落ちているようなことはなく、家屋の原形は留めていた。しかし、よく見ると窓のサッシがない。暴風で割れたとかいうのではなく、窓枠そのものがないのである。大洋村の別荘の現状に詳しい方が語るところによれば、多くの空き家が残される大洋村では、不在となった別荘を狙った空き巣が横行していて、窓のサッシも、枠で使われているアルミの回収を目的として、外して持ち去ってしまうのだそうである。その方も、窓を外そうとしている不審者を見咎めて注意したことがあるそうなのだが、「ここは自分の家だ」などと、何の工夫も感じられないあからさまな嘘を平然と弄して、手を止めようともしなかったそうだ(自分の家のサッシを外して持ち去るものはいまい)。今回訪問した別荘地では、このようにアルミ窓が外された空き家を至る所で目にしている。
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アルミサッシが外されて持ち去られた空き家。空き家が多く、人目もほとんどない大洋村の別荘地では、空き家を狙った窃盗行為が横行している。

 少し進むと、電柱に「売別壮(ママ)」と書かれた張り紙が貼られているのが目に入る。何故かアニメの女の子のキャラクターのステッカーが貼られているが、看板の先には、壁を青く塗り、物見櫓?まで建てられた売別荘の建物があった。建物はよく管理され綺麗なもので、連絡先の記載もあるが、国旗があちこちに掲げられており、なんだかよくわからない物件だ。僕は大洋村の物件はほぼ毎日新着情報をチェックしているが、この物件が不動産サイトに掲載されていた記憶はなく、連絡先も携帯電話なので、売主はこの看板のみで買い手を探しているものと思われる。だが、ここはふらっと偶然通り掛かるようなロケーションでは到底なく、むしろ大洋村への移住を希望する者でも、途中で引き返したくなるレベルの立地である。これまでに問い合わせはあったのだろうか。
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「売別壮(ママ)」の張り紙。横に貼られたアニメのステッカーはまだ真新しい。
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日の丸が掲げられた謎の売別荘。管理状態はとても良好だ。

 この別荘地は、適切に管理されているのはこの売家と、あと2,3戸程度の家屋のみで、他はすべて空き家である。既に周囲が笹薮に覆われて、屋根だけが辛うじて見えるような建物もあるが、建物の全容がはっきり視認出来る空き家も、管理状態はとても悪いというか、すでに到底家屋として利用できる状態にない。

 中には、駐車スペースに夥しい量のゴミが投棄された家屋もあり、そこもアルミサッシが外されている。周辺の道路上にガラスが散乱しており、そのようなガラス片は他でも見かけたことから、おそらく外したサッシ窓のガラスをその場で割って、窓枠だけ持ち去ったものであろう。それは目を覆いたくなるような惨憺たる光景である。言うまでもないが、こんなことをすれば、家屋の内部まで風雨が舞い込み、崩落は加速度的に早くなる。大洋村の別荘地の現状は、あまりに深刻なものと言わざるを得ない。
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別荘の大半は、既に老朽化した空き家だ。
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藪に覆われ、現況を視認することもできない別荘。
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窓枠が外された空き家が目立つ。
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駐車スペースに投棄された夥しい量のゴミ。
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路上に散乱したガラス片。窓枠を外し、その場でガラスを割って窓枠だけ持ち去ったものと思われる。

 続いてこの別荘地からさらに南西に延びる林間の小径を進むと、道路は突然舗装道路となり、別の分譲地が現れる。別荘地の入口付近は舗装の状態も良好で、別荘も利用されているものが多く、比較的良好な状態が保たれている。しかしこの別荘地も、適切に管理されているのは入り口付近だけで、奥に進むと、そのほとんどが藪に包まれた空き家だ。そしてここもやはり、窓枠が持ち去られている空き家がある。どうやら大洋村においては、アクセス性の問題からか、今も利用される家屋はどれも分譲地の入口周辺で、分譲地の奥にある家屋ほど放棄される割合が多い気がしてならない。
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更に森の奥に進むと出現する、舗装路の別荘地。入口付近は幅員も広い。
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入口付近の家屋は、修繕中のところもあったが、適切に管理された家屋がある。
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大半の家屋が空き家であることに変わりはない。
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別荘地の奥はほとんど無住である。

 ただ先に紹介した、売家のある分譲地内には、特に開発業者名の記載は見当たらず、空き地には千葉でも見かける草刈り業者の看板が立っている区画もあったのだが、この分譲地には「タイヨー企画」なる管理会社の看板が立てられていた。現在の管理会社は、当初の開発業者から管理業務を引き継いでいるケースもあり、この別荘地が、この業者自身が開発したものであるかどうかは調べてみないと分からないが、看板に記載された「子持出A」と言うのは、おそらく字から引用したこの分譲地の管理名だろう。それにしても「子持出」とは、ちょっとその名の由来が気になる地名ではある。
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分譲地の管理会社の看板。

 そしてこの「子持出A」別荘地のすぐ南東には、またしても「メイキング」の看板が立つ別荘地がある。ここは「174期」らしい。ここは区画数も少なく、また建物も、大洋村でよく見られる三角屋根の簡素な建売別荘はなく、それぞれが造りがまったく異なるので、おそらく更地で分譲したものを、各購入者が注文住宅で建築したか、あるいは当初の建物が老朽化して建て直したのであろう。少々傷みが見られるものもあるがどれも現在も使用されているようで、ロケーションを除けば一般の別荘地の趣である。しかしこの別荘地の最奥部の2棟の家屋は、やはり空き家と化していた。
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「子持出A」別荘地の隣にある、メイキング174期分譲地の看板。
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入口付近はそれほど荒れた印象はなく、山間の別荘地の趣だ(実際別荘地だが)。
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最奥部にある、よく似た外観の2棟の空き家。

 この2棟の空き家は、大洋村の別荘地開発が開始された70年代に造られたものではなく、千葉の北総の限界分譲地でもよく見かける、外壁がサイディングのバブル期前後の建物のようだが、やはり森の中ということで湿気も影響しているのか、北総にある同年代の空き家と比べて少々傷みが強い。既にバルコニーは崩落し、壁も剥がれ始め、この時代の建築物の耐久性を証明してしまっている。膨大な建築ラッシュに沸いたバブル時代は、建築資材も職人も極めて不足し、全てがそうだとは言わないが、外観だけきれいに取り繕って、一枚壁を剥がせば、それこそ廃材をつなぎ合わせただけのようなひどい欠陥住宅もあったようである。
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既に空き家の周囲はヒバ?の大木が取り囲んでいる。
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バルコニーが崩落し、壁も剥がれている。バブル期の家屋は耐久性に欠けるものも少なくない。

 そして、この分譲地から、さらに南に下り坂を下った最奥部に、実はもう一つ別荘地があるのだが、そこは足を踏み入れた途端、放し飼いにされた犬が複数吠え散らかしてきて、また道路も狭く駐車できるようなスペースもなかったことから、今回は探索を断念した。その別荘地に向かう道路も一応舗装はされていたのだが、アスファルトの傷みは激しく、ほとんど未舗装道路と変わらない状態である。ただ、別荘地自体は、これまで紹介してきたところに比べれば空き家も少なく、そこまで荒れている印象はなかったことだけは付け加えておく。
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雑木林をさらに進んだ先に最奥の別荘地があるが、犬の鳴き声がひどく、探索は断念した。

 と言うことで、今回訪問した大洋村の別荘地は合計3つ。そもそも冒頭で述べたように、ここはあらかじめ、航空写真でアクセスに難がありそうな別荘地をチョイスして訪問したものであるから、実際空き家が多く荒れているのは当然と言えば当然なのであるが(念のために述べておくが、大洋村のすべての分譲別荘地がこのような状態であるのではない)、それにしてもその深刻さは、千葉の限界分譲地よりもさらに先を行ってしまっていると言わざるを得ない。空き家問題が取り沙汰される昨今、空き家の増加は犯罪を誘引しかねないとしばしば指摘されるが、残念ながら大洋村の一部では、既にその段階に突入しつつある。

 外部の人間がそう頻繁に入り込むような立地ではないので、不審者が勝手に住み着いたらすぐに見咎められるであろうが、窃盗を防ぐにはあまりに居住者が少なすぎる。別荘地における空き巣の問題はしばしば指摘されることで、僕も昔、千葉の大網白里の別荘を内見した友人に同行したところ、案内された売家のガラスが割られていたことがあった。旧大洋村を吸収合併した鉾田市も、その財政指数は県内でも下から数えた方が早い、財政規模の小さな自治体である。抜本的な対策を講じることもできないまま、治安上の問題を抱えたこれらの別荘地が、ただ朽ち果てるまで待つだけなのだろうか。僕は引き続き、機会を見つけては大洋村の現状を見て回り、その模様をお伝えしていく所存である。

参考資料;『旧鹿島郡大洋村における「ミニ別荘」の現況と今後』(筑波大学大学院博士課程・システム情報工学研究科修士論文 眞鍋宏彰著)
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大洋村上幡木(メイキング174期・タイヨー企画子持出A)へのアクセス

茨城県鉾田市上幡木
・東関東自動車道潮来インターより車で約30分
・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線「鹿島灘駅」下車 徒歩37分