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 (「序」からの続き)

 では、実際に鬼押出し園側の入り口からサンハイツ白樺の里に進入してみることにした。入口からしばらくの間は、木立の合間に切り開かれた直線路が続く気持ちの良い道だが、やがて頭上に「白樺の里 管理事務所」と書かれたアーチが見えてくる。このアーチの先に広がる別荘地が、白樺の里の中で最も規模が大きい第1期の区画だ。

 前回もお伝えしたように、このアーチは磯村建設より管理業務を引き継いだエイワンサービス(以下「エイ社」)が設置したもので、エイ社の破綻から5年が経過した今では若干古びた模様は見られるものの、まだ状態は良好なほうと言える。印刷が不鮮明だが、このエイ社が発行していた別荘地の案内図の写しも、提供された資料の中に含まれていたので、こちらも併せて紹介しておきたい。
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エイ社が設置した白樺の里のアーチ看板。看板の管理者は不在となり、錆が目立ち始めている。
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エイ社が発行していた白樺の里の案内図。

 別荘地内の道路に関しては、エイ社が道路の維持管理や除雪を行うことを条件に、嬬恋村に譲渡したらしいのだが、エイ社破綻後に管理業務を引き継いだ「白樺の里の会」は、エイ社破綻直後に発表された別荘所有者向けの文書に、徴収した管理費を、道路補修費として村に充当する必要はないと判断したのでその旨を村役場に申し入れるとの記載がある。

 つまり分かりやすく言えば、エイ社と村役場との約束なんか知らないし、道路は役場の所有物なのだからそちらの責任で管理してね、という事であり、要するに嬬恋村役場は、完全に磯村とエイ社の後始末を押し付けられた形であると言える。世の中にタダより高い物はない。
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最終的に、嬬恋村役場に管理責任が押し付けられた別荘地内の道路。
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エイ社破綻後に、現在の管理者と思われる「白樺の里の会」の有志が別荘オーナー向けに通達した文書。道路の補修のために運営費を充当する必要はないと判断した旨の記載がある。

 その管理事務所のアーチのすぐ隣に、スチール物置や屋根が破損したカーポートが放置された空き地がある。ここには元々、エイ社の管理事務所が設置されていたのだが、土地は元々エイ社とは異なる名義人のものであったらしく、先に紹介した文書にもある通り、エイ社破綻後、土地は整地され、元の所有者に返還されているそうである。
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エイ社の管理事務所跡地。借地であったらしく、破綻後に所有者に返還されている。

 案内図を見る限り、管理事務所の裏手にテニスコートが2面存在していたようなのだが、写真を見てもお分かりの通り、敷地はロープで封鎖されている上に、その奥は深い雑木林となっていたため、訪問時には所在を確認できなかった。しかし、隣の「ローラースケート場」は今も原形をとどめており、看板も微かにまだ文字が読み取れる状態であった。

 ローラースケートは、1980年代末頃に人気を博した男性アイドルグループが、テレビ番組やライブイベントのステージ上で着用していたことに端を発して大流行した話がよく知られているが、それより前の1970年代にも一時期流行しており、このスケート場もそんな70年代のブームに乗じて造られたものだろう。

 当時の漫画作品には、登場人物が道路上でローラースケートに興じて通行車両の運転手から叱責される描写もあり、流行はしたものの満足に滑り回れるような場所にも恵まれなかった都市部の子供たちは、大人の目からはさして広いとも思えないこのリンクで思う存分ローラースケートを堪能したのだろうか。

 もちろん今となっては、こんなうら寂れた無人の雑木林の奥でローラースケートに興じるような不審者もおらず、仮に滑ろうにも、今となっては散乱した枯れ枝や雑草に躓いて即座に転倒必至の荒れ果てた状態だ。
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ローラースケート場跡。雑草が繁茂しもはや使える状態ではないが、辛うじて看板の文字が読み取れる。

 テニスコートに関しては、ローラースケート場の北東側に位置する2面は道路からも視認できる状態で残されていた。こちらの2面のテニスコートの間には、かつてランドリー場として利用されていた建物があるのだが、前述の文書にもある通り、今はリフォームされて個人の別荘として利用されている。

 周知の通り、嬬恋村に隣接する長野県軽井沢町の別荘地においては、テニスコートは絶対に切っても切られない象徴的な設備である。今でもこの周辺の別荘地ではテニスコートを備えたところが多く、訪問時は日曜日でありながら、現役の別荘地においてもそこでテニスに興じる利用者の姿は一人も見られなかったが、かつては別荘地の理想的なイメージを形成するものとして欠かせない設備のひとつであったはずだ。別荘地はあくまで上流志向であって、ワンカップ大関の自販機が設置された卓球場では許されないのである。だが白樺の里においては、このテニスコートもまた、もはや利用するものもなく朽ち果てようとしていた。
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薄汚れ、枯葉が堆積したテニスコート跡。別荘地の最重要設備であったはずのコートももはや見る影もない。

 そして、このテニスコートより道路を挟んで南側にある建物が、旧レストラン「サンドリーナ」跡であり、サンドリーナ閉業後は「白樺の里の会」が管理事務所として使用していたとされる建物であるが、先の通達文においてこの建物は「権利関係が複雑で、破産管財人の手に負える物件でないので、裁判所の方に委ねた」と言及されている。

 債務者の資産を整理する権限を与えられているはずの破産管財人にすら手に負えない物件とは一体どういうことなのか。この点に強い疑問を覚えた知人は、このレストラン跡の土地と建物の登記簿を両方取得して確認しているので(地番は嬬恋村大字鎌原1053番地9115)、そちらを併せて紹介して説明していこう。ちなみに掲載している登記簿は2021年6月25日に取得したものである。
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破産管財人にも見放されたという旧レストラン「サンドリーナ」跡。現在は管理者の事務所として使われていると言うが。


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 まず土地の登記簿から紹介すると、現在の所有者は、既に破産手続きも廃止されてその法人登記簿も閉鎖されているエイ社の名義で登記されている。この時点で、既に土地の所有者は不在であることが確定しているが、妙なことにこの土地には一切の抵当権が登記されていない。

 磯村建設の所有物件をすべて購入して管理業務を引き継いだエイ社は、後に紹介する共有型の持分に至るまで、所有物件の大半は運転資金の借入のために群馬銀行による根抵当権が設定され、破綻時にそのすべてが競売に掛けられることになったのだが、なぜかこのレストランの土地だけは抵当権が設定されることもなければ、競売に持ち込まれることもなかった。
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 続いてレストランの建物の登記簿を確認してみると、建物の所有者は、前回の記事で磯村建設の関連企業として紹介した「株式会社三宝工務店」の名義になっている。なぜか所有権の保存が、昭和53年の新築時から2年後の昭和55年12月に行われているが、それはともかく、こちらの建物は昭和61年(1986年)に東京地方裁判所によって会社財産保全の仮処分が行われ、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定や、その他一切の処分が禁止されており、決定から35年が経過した今なおその保全処分が解除されていない状態にある。

 その理由としては、この建物には、昭和56年(1981年)に旧文京信用金庫(現・朝日信用金庫。2002年に江戸川信用金庫・共積信用金庫と合併)を債権者、三宝工務店を債務者とした、極度額2億円(!)の1番根抵当権が設定されているのだが、その翌年の昭和57年、今度はその下の2,3番に、同じく旧文京信用金庫を債権者、そして問題の磯村建設を債務者とした、極度額の合計1億6180万円の根抵当権が設定されているためである。
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 旧文京信用金庫としては、1985年の磯村建設の破産時に、2番以降の根抵当権を発動させて債権の回収を行いたかったはずであろうが、1番根抵当権の債務者である三宝工務店は破産宣告を受けていないので差押が行われなかった。しかもよりによって自ら、この床面積が20坪にも満たないような木造の建築物に2億円もの極度額を設定してしまっているので、仮に抵当権が発動できたとしても、2番以降の下位の抵当権では到底債権の回収など望めなかったものであろう。結局回収は叶わず、さりとて磯村の関連企業である三宝工務店による勝手な処分を認めるわけにもいかず、それで裁判所は保全処分を下したものと思われる。

 そしてそのまま時は経ち、東京地裁による保全処分が解除されることもないまま、今度は建物の所有者である三宝工務店が最低資本金不足により法務局の職権でみなし解散させられてしまう。この建物に設定されたすべての根抵当権の債権者である旧文京信用金庫も、この狭く粗末な木造建築物に、合計で4憶6180万円という無茶苦茶な極度額を設定し、おそらく磯村建設に相当な過剰融資を行っていたであろうにも関わらず、保全処分が解除されていないために、合併時に新会社への根抵当権の移転も許されなかった。

 その間にも、建物の老朽化と資産価値の下落は年を追うごとに加速度的に進み、今や4億どころか、100万円でも回収できれば万々歳、というレベルまで担保割れを起こしてしまっている。つまりこの建物に関しては、保全処分が解除されず放置されているうちに、所有権のみならず根抵当権まで事実上霧散し、仮に今更保全処分が解かれたところで、所有権を主張できる者もなければ、もはや抵当権を発動させる価値もなくなってしまった、まるでどうしようもない不良物件に過ぎないのである。これでは破産管財人が匙を投げるのも無理もないと言えよう。
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 ところでこの建物の登記簿の共同担保目録には、同地番、つまり今もエイ社が所有者となっているレストラン跡の敷地も含まれているのだが、おそらく土地は磯村建設の名義だったのであろう、土地の所有権は保全処分を受けることなくエイ社に移転されている。しかし、いくら平成2年(1990年)とは言え、保全処分が下された第三者名義の上物がある土地、しかもその建物の共同担保目録に含まれている土地を、よくもエイ社は取得しようと思ったものだ。よくわからないのは、共同担保目録に含まれていながら、土地の登記簿には抵当権の記載がなかったことだが、これは省略できるものなのだろうか。この辺りは勉強不足の僕にはわからなくて恐縮である。

 なお、この共同担保目録に記載されている「鎌原1053番地9122」は、このレストラン跡に隣接するバーベキュー場跡の地番で、こちらは「白樺の里の会」の通達文にもある通り、破産管財人の手によって同会への売却が行われており、現在は同会関係者の所有地となっている。これまで管理事務所として使用してきた(それもよく考えれば妙な話だが)レストラン跡は、いつ何時裁判所によって使用不可の処置が採られるかわからないので、その時に備えて管理事務所用地としてバーベキュー跡地を抑えてあるとのことだ。
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レストラン跡に隣接するバーベキュー場跡。レストラン跡の建物登記簿の共同担保目録に含まれているが、こちらは破産管財人の手により「白樺の里の会」関係者への所有権移転が行われ、管理事務所用地として維持されている。

 レストラン跡の建物は軒天も剥がれ、階段は苔生し、寒々しい光景を晒したまま今も残されている。関係者が管理事務所として無断使用を続けていたというその事実からもわかるように、今となっては、放置すれば朽ち果てかねないようなこの古い木造建築物に、仮に適法とは言えない利用の実態があったからと言って、その事について強く目くじらを立てるような者もいないであろうが、しかし考えてみれば、別荘地に限らず、現代の日本の各所で放置されたまま朽ち果てている数多の事業所や商業施設の廃墟は、このレストラン跡同様、複雑に入り組んだ所有権でがんじがらめにされて身動きが取れなくなっている物があっても何も不思議ではない。ただ、そのことについてわざわざ登記簿まで取得して掘り下げる者が極めて少ないというだけの話である。
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 しかし、このレストランに関して言えば、その所有権や根抵当権はすべて法人の名義であり、旧文京信用金庫こそ巨額の貸付金の焦げ付きを起こしていたと推察されるが、今日においては、ある特定の個人がその処置について深く思い悩む状況にはないと言う点においては、まだましと言えるかもしれない。このレストランは投資物件ではなく、あくまで磯村とその関連企業の所有物に過ぎなかったからだ。

 だが、レストランはそれで良いとしても、実際に個人に分譲されてしまった別荘用住宅はそうはいかない。各地の寂れた別荘地同様、白樺の里にある多くの別荘住宅の裏側にも、その処置を巡って苦悩する無数の所有者が存在するのである。次回は、このレストランからほど近い場所で今もその無残な姿を晒している、不動産共有型の会員制大型宿泊施設について詳しく紹介していきたい。


付記
 余談になるが、このレストランの脇には、既に錆びついて文字の判読もほとんどできなくなった看板が立てられている。辛うじて読み取れるその電話番号から、磯村建設が設置したものであることはわかるのだが、迂闊なことにその番号部分を接写したのみで、肝心の看板の外観写真を撮影するのを忘れてしまった。

 ただこの看板に関しては、実はすでにあるブログでその存在が紹介されている。そのブログは諸事情から、リンクの直貼りやブログ名の明記を禁止しているのでここでは紹介出来ないが、気になる方は「サンハイツ白樺の里」で検索すればすぐに出てくるのでご自身でご確認いただきたい。当ブログではその看板の接写画像の紹介に留めておく。
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磯村建設の電話番号が記載された古い立看板。