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 投稿の順番が前後したので初回の記事ではないのだが、当ブログで第1回目の訪問記事として作成したのが、旧下総町(現・成田市)にある「ビバランド団地」である。この団地は、最初の紹介記事でも言及したように『都市をたたむ』(饗庭伸著・花伝社)でも超郊外住宅地のモデルとして紹介されていて(書籍内では仮名)、限界ニュータウンとしての問題点をオールマイティーに兼ね備えている住宅団地でもあり、加えて名称もインパクトがあるので、ブログ開設時にまず最初に紹介しようと考えた思い入れの深い団地である。東京から移住を考えていた最初の頃は、このビバランド団地がある下総町エリアと、八街の2エリアが候補であり、まだ入籍前、妻と週末にレンタカーを借りてこの周辺の団地巡りをしていたのも、今となっては昔話になりつつある。

 その後も時折このエリアに赴いた際に、軽く中の模様を見に行ったりもしていたが、今回、とある都合でこのビバランド団地について再度深く掘り下げて調べる機会があり(ぼかして書いてもバレバレだとは思うが)、新たな新事実が判明したものの結局公開されなかった事項もいくつかあるので、せっかくなので当ブログにおいても、改めてビバランド団地についての追加記事を一つまとめようと考えた次第である。
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 上の画像は、1971年の5月~7月にかけて、読売新聞紙上で繰り返し掲載されていた、ビバランド団地の分譲当初の新聞広告である。ビバランド団地は、当時の北総の住宅団地としては珍しく現在でも開発許可の資料が残されており、その申請者の業者名と、登記簿から推察した分譲時期を頼りに、新聞の縮刷版を読み込んで探し当てたものだ。広告を見てもお分かりの通り、団地名がなぜか「成田第6北総ハイランド」となっているが、地番や開発業者名はビバランド団地のものである。

 ビバランド団地の入り口には団地案内図の大きな看板があるのだが、この看板を見ていつも不思議だったのは、団地より北側、県道79号線を挟んだ北側にある、明らかに別の時期に開発されたはずのミニ分譲地まで含めて記載されている点である。現在、成田市役所都市計画課が保管している資料には、当時の開発業者「㈱東京緑地」(平成27年に会社法第472条1項の規定により解散)が申請した開発区画数は268区画と記載されているのだが、どう数えてもビバランド団地の区画数はそんなに少ないはずはなく(看板の区画数は約630)、おそらく複数回にわたって開発された分譲住宅地をひとまとめにして「ビバランド団地」の団地名を名乗ったものと思われる。という事で、幸運にも分譲当初の販売広告は発見できたものの、ビバランドというその謎の団地名の語源は、ついに永久にわからないままとなってしまった。
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結局、その名の由来が分からずじまいとなってしまったビバランド団地。

 ちなみに同じ下総町にある「外記林団地」も、昭和45年の開発当時に作成された地積測量図に「北總ハイランド(ママ)」と記載されているものがあり、おそらく「東京緑地」はこの下総町周辺に「北総ハイランド」という開発名でいくつもの宅地分譲を行ったのであろうが、今となってはその所在地を正確につかむことは困難である。
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団地の入り口にある案内図の看板。明らかに別の時期に開発された区画も記載されている。
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団地内の公園の片隅に今も放置されている「ビバランド団地」の旧看板。

 ビバランド団地は、団地東端の南北に貫く道路は公道であり、その管理状態は良好なのだが、その他の横道は多くが私道である。そのため団地の入り口には、「私道につき、通り抜け禁止」との注意看板が昔から立てられているのだが、初訪問時には「特に土浦ナンバー」と書き加えられていた但し書きが、いつの間にか「特に土浦・つくばナンバー」と書き直されていた。

 旧下総町は、利根川を挟んだ対岸が茨城県の稲敷市(土浦ナンバー)であり、成田は稲敷周辺の住民の通勤圏でもあるので、市内でも土浦ナンバーを目にする機会も多いのだが、これを書いた住民は何か茨城県民に恨みでもあるのだろうか。ナンバーの種類はともかくとして、確かにビバランド団地内の私道は舗装の状態も悪く道幅も狭いので、あまりむやみに不特定多数の車両が入り込むのは歓迎されなくても無理はない。
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「特に土浦・つくばナンバー」と書き足された、私道通り抜け禁止の看板。
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団地東端の道路は公道で、管理状態は良好である。
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私道は傷みが目立つところが多い。

 北総のミニ分譲地には未舗装のところも少なくないので、それに比べれば、舗装の傷み程度であればまだ我慢して使う事も出来なくはないのだが、このビバランド団地には、団地の外縁部に1カ所、路盤もろとも法面が崩落してしまった形跡がある。幸い、道路そのものは補修工事が完了し今は通行可能な状態になっているのだが、崩落前はもう少しなだらかな傾斜地であったであろう路肩は、今やほとんど垂直に切り立った崖のようになってしまっている。
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路盤が崩落したと思われる箇所。
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補修箇所の下は、切り立った崖のようになっている。

 しかし、道路は物理的に補修すればそれで良いとしても、大幅に地形が変わってしまった崖地にも所有者がいるのだという事実は忘れてはならない。実はこのビバランド団地、今日の感覚ではまったく信じられない話なのだが、普通に住宅地として利用されている平坦地の区画だけでなく、団地の外縁部の崖地まで分譲されており、今なおそれぞれ地番ごとに異なる所有者が存在する。もちろん到底宅地として利用できるような傾斜ではなく、その境界を示す杭もなければ、そもそも足を踏み入れられる状況ですらない単なる崖なのだが、登記簿上では確かに分筆され、分譲当時に所有権の移転が行われているのである。その購入者は多くが都内や神奈川県などの都市部在住者だ。

 この崖地の分譲というものは、他の古い限界分譲地でも時折見られる販売手法であり、要は囮物件として、人目を惹く廉価な販売価格を広告に記載するために行われたものである。先に紹介した「成田第6北総ハイランド」の広告には、坪単価が1万5千円と、当時の地価水準から考えても安めの価格が記載されているのだが、この価格で販売されている区画数はわずか5区画のみであり、つまりこれはほぼ間違いなく客寄せ用の崖地の分譲価格である。要は、安めの価格を撒き餌として見学希望者の気を引き、実際には宅地として利用可能な、より高額の平坦地を売ろうという魂胆なのだ。
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立ち入ることもできない崖地まで分譲されているビバランド団地。

 当時、実際に現地まで見学に赴いた方であれば、いくら価格が安くても崖の購入を決断する人は多くなかったとは思うのだが、そこは北海道の原野まで飛ぶように売れた70年代の土地ブームの時代である。おそらく現地に行くこともなく図面のみで購入を決断したのであろう、ビバランド団地においてはこんなどうしようもない崖の分譲地まで好評につき完売している。そして団地入口の案内看板には、しっかりとこの崖地部分まで区画が記載されている。
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団地入口の案内看板の一部。赤丸が前述の崩落補修箇所。黄色の枠内は、すべて外縁部の崖地の区画である。

 崖が分譲されているというだけでも頭の痛くなるような話だというのに、追い打ちをかけるように、ビバランド団地のこの外縁部は、あろうことかその多くが筆界未定地となっており、各区画ごとの正確な区界や位置関係が、登記簿や公図上で特定されていない。ビバランド団地は1985年(昭和60年)に国土調査が入っているのだが、その調査時点で宅地として利用されている実態が確認できなかった区画については境界が確定されず、今なお筆界未定地のまま放置されているのである。境界も分からないような急傾斜の崖地に、数十人の不在地主が所有者として名を連ねているのだ。まさに地獄絵図のような登記情報である。
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ビバランド団地内の崖地の登記簿。「国調筆界未定」の文字があり、筆界特定が行われていない。昭和46年に取得した購入者は横浜市の方だが、その住所も住居表示以前の旧町名のまま更新されず放置されている。
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該当箇所の地番図。赤丸が道路崩落地点。境界が確定していないので、地番はただ羅列して記載されているのみである。

 僕が調べた限りでは、団地の筆界未定地においては地積測量図の存在も確認できなかったが、以前、「ビバランド団地」の記事に、この団地の区画を相続で取得された方からコメントを頂いたことがあり、その方が取得した区画は、公図はなかったものの地積測量図はあったそうである。しかし、コメント主の被相続人の方が測量を拒否したとかで、譲渡には再測量が必要とのことであった(?)。簡素なコメントであり詳しい事情はよく分からないのだが、いずれにしても極めて杜撰な分譲が行われていたことは想像に難くない。

 団地内の筆界未定地は、そのほとんど全てが今は草木に覆われ、事情を知らなければ、そこが分譲地であることすら認識するのも困難である。もっとも、筆界未定地は地目も山林になっているものがあり、元々成田市の限界分譲地は固定資産税が掛からないことが多いので、おそらく今となっては地主自身もその存在を思い出す機会も少ないのではないだろうか。

 なお、団地内の筆界未定地の傾斜地に、「売物件」と書かれた地元業者の看板が立てられているのだが、この会社は成田市内で営業している普通の仲介業者であり、団地内の所々に点在する大阪系の業者とは別物である。なぜこんな、ほとんど売却も困難であると思われる筆界未定地に看板を出しているのかは謎だが、とりあえずもし仮に大阪業者と混同されてしまっては気の毒であるし僕も責任を感じるので、この看板の業者に関しては大阪系業者やその販売手口とは無関係であるとこの場で明記しておきたい。
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団地内の筆界未定地部分。まったく利用されておらず原野に還りつつある。
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筆界未定の傾斜地に建てられている地元業者の看板。

 団地内は相変わらず空き家が目立つ。最近は、ボロ戸建投資ブームの影響か、以前の訪問時にはほとんど手入れもされていなかったような空き家が、いつの間にかリフォームされて賃貸物件として登場するケースもあるのだが、ビバランドの空き家に関しては再利用が進んでいる様子も見られない。成田市内は恒常的に売家が不足しており、手頃な価格の物件が登場すればそれこそすぐに売れてしまう状況が続いているのだが、地形が悪く、道路も区画も狭いビバランドはやはりどうしても訴求力に欠けるようだ。
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団地内の空き家。初訪問時からほとんど変わる様子はない。

 しかしその一方で、1棟、新築工事を行っている区画が見られた。僕が初めてビバランド団地を訪問した時、この団地では40坪の区画が8万円という、お年玉でも買えそうなバーゲン価格で投げ売りされれていたのだが、その状況は今でも変わらず、このエリアを専門に扱う地元業者は大体10~20万円程度の価格を付けている。もちろん、成田の市街地ではこんな価格での土地の取得は不可能なので、その地価の安さに惹かれて住宅の建築を決断したのだと思われるが、多くの空き家が再利用が難しくなるほどまでに朽ち果て始めていながら、一方で新たに住宅の建築が同時に進んでしまうというこの極めて歪な宅地開発こそが、北総の限界分譲地が抱える最大の問題点である。徐々に住民が減り、家が放置されていくだけであれば単なる「過疎」だが、ボロボロに朽ち果てた空き家が立ち並ぶ中で、この先なおも住宅地としての利用が続くのであれば、それは紛うなき都市の荒廃であると言わざるを得ない。
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新築中の家屋。この他にも、4年前の初訪問時には見られなかった築浅の家屋を1棟見かけた。
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家屋の新築が行われる一方で、屋根が抜けて再利用も叶わない荒廃した空き家が放置されている。

 ビバランドは、その団地の規模の割に公園が少ないが、わずかに点在する小さな公園や防火水槽用地、緑地も、今はフェンスも朽ち果て、ほとんど管理されているように見えない。ビバランド団地は集中井戸、集中浄化槽などの共用インフラを備えた団地だが、管理費の多くはその共用設備の維持に回され、その他の共有設備の維持管理まで手が回らないのだろう。団地内にある規約看板には「管理組合費の滞納者は共有設備の権利放棄と見なします」と記載されており、よほど管理費の滞納には業を煮やしていると思われる。

 しかし、管理費が滞納された土地は、新たに取得して利用しようにも、建前上は管理費の精算が必要になり(規約上は精算が必要でも実際には新取得者からは滞納分を徴収しない団地もあるが)、場合によってはその清算金が土地の価格を上回るケースもあるので、なおさら土地の流動性が下がっていくという悪循環に陥っている。共用設備のある団地は管理費があるため地価も安いのだが、それでも敬遠されてしまうのが現状だ。
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ビバランド団地南公園。適切に管理されているのはこの小さな公園のみである。
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防火水槽用地や緑地のフェンスは朽ち果て、補修もされていない。
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団地内の規約看板。

 ビバランドには、北総の限界分譲地では一般的な光景である草刈業者の立て看板はなく、建てられている看板のほとんどが大阪系業者のものという無残な状況が続いている。外縁部には、自分の土地の所在地も正確に捕捉できない筆界未定地の不在地主の所有権が入り混じり、空き家は朽ち果て、複数の区画が悪徳業者の餌食にされている。それぞれの問題は、ビバランド固有の現象でもないのだが、限界分譲地の負の要素を一通り兼ね備えながら、なおも成田の郊外住宅地として使われ続けるビバランドは、住民の方には悪いが、これからの時代の郊外住宅地の反面教師とすべき点が多々あると考えている。ビバランド団地に関しては、また機会があれば再訪して、その模様を随時お伝えしていきたい。
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