すでに現代史の一断面として広く知られているように、成田空港はその計画当初から、建設予定地近隣の住民による激しい建設反対運動にさらされてきた。収用予定地となった地域の住民の一部に極左団体が合流し反対運動は先鋭化し、空港やその関連施設はたびたび襲撃され、周辺でも極左団体と機動隊の衝突が繰り返されてきた。富里市出身の知人が語るところによれば、空港建設当時、大工の仕事についていた知人の父は、しばしば過激派の暴動によって損壊した三里塚周辺の家屋の修繕の仕事を請けていたそうである。
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激しい反対運動を経て開港された成田空港。

 開港から40年余りを経た今、反対運動は今でも細々と行われてはいるものの当時の勢いはもはやなく、空港の開港によって地域経済は大きく様変わりし、成田周辺の地域にとって、もはや空港は絶対に欠かせないものとなった。しかしながら、成田空港のような内陸地の空港の場合、運用を続ける限り騒音の問題からは逃れられない。成田空港は今日においても夜間の飛行が制限されているが、この制限の緩和を求めるNAA(成田国際空港会社)に対し、周辺自治体は一貫して非協力的な対応を貫いてきた。
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夜間飛行制限の緩和に反対する地域住民の看板(横芝光町中台)。

 しかし、今日となっては、都心から遠く離れた成田空港は、日本の玄関口としての座を羽田空港に奪われている。羽田空港の国際線枠が拡大し、相対的に成田空港の地位が落ちれば、これまで非協力的な対応に終始していた周辺自治体への影響は免れない。成田空港南側の航路の真下に位置する山武郡市(芝山町・山武市(旧松尾町および旧蓮沼村)・横芝光町)はいずれも人口減に悩まされており、地域経済が低迷すれば、一層若年層の流出が進みかねない。特に松尾、蓮沼、横芝光周辺は求人数も乏しいがゆえに、成田空港の関連業務に従事する住民も多い。それ故に、さすがに山武郡市の自治体も、近年は空港の運用に対して態度を軟化させつつある。


 さて、そんな山武郡市の自治体のひとつである横芝光町は、本年(2019年)の12月1日より、横芝光町役場から横芝駅を経て、成田空港まで結ぶシャトルバスの運行を開始すると発表した。横芝光町から成田空港への路線バスは、芝山鉄道の延伸予定地の代替交通機関という名目で、既に空港シャトルバス屋形線が運行されているが、これは運行ルートのほとんどが旧松尾町と旧蓮沼村で、横芝光町の市街地は通らず、山間部や海岸など、辺鄙なところにしかバス停が設置されておらず一部の住民以外には利用しにくい。
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成田空港と旧横芝町の屋形海岸を結ぶ空港シャトルバス屋形線。横芝光町の市街地は通らないため、横芝光町民には使いやすい交通機関とは言えない。

 新シャトルバスの運行開始を伝える『千葉日報』の2019年6月27日付の記事には、「新シャトルバスは、成田空港の機能強化でA滑走の発着時間が延長されるのを受け、成田国際空港会社が地域振興に『一層協力する』との意向を示したことを受け計画された」との記述がある。つまるところ、発着時間の制限緩和に譲歩した見返りとして、バスの運行経費の補填を空港会社に求めたということなのだろう。前述した空港シャトルバス屋形線に加え、当ブログの「さんぶの森ホープヒルズ」の記事でも伝えたように、既に山武市(旧山武町・旧成東町)や多古町も空港行きの中距離路線バスの運行を行う中、横芝光町としても、市街地から成田空港へ結ぶ交通手段を無視できなくなったのだと推察される。
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NAAとの折衝の末、空港行きのシャトルバスの運行開始を発表した横芝光町役場。現在の庁舎は旧光町役場を転用している。

 横芝光町は、かつての山武郡横芝町と匝瑳郡光町が合併して2006年に誕生した。異なる郡に属する自治体の合併というのは珍しいケースだと思うが、現在の横芝光町は山武郡に属しており、事実上、匝瑳郡光町は横芝町に吸収された形だ。実際、町の規模としては、総武本線の特急停車駅を擁する旧横芝町の方が大きく、一方、鉄道駅を持たなかった旧光町は、商業地と呼べるようなエリアもなく(もともと光町は住民の居住エリアが分散している)、静かな農村風景と、そして膨大な数に及ぶ旧分譲地が広がるのみである。
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総武本線横芝駅。
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旧横芝町の旧市街。駅前商店街の衰退が取り沙汰される中、横芝駅周辺は今も営業する個人商店が多い。
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一方、駅から離れた旧光町側の商店街は、既に商業地としての役目を終えている。

 ところが、旧横芝町役場庁舎は建築年が古く耐震強度に難があったため、現在の横芝光町役場庁舎は、旧光町役場であった建物を利用している。そのため横芝光町は、今日の地方都市としては珍しく、今なお駅周辺の商業地が現役で稼働しているにもかかわらず、役場庁舎は駅から徒歩で20分ほどの、やや不便な立地にある。冒頭で述べた横芝光町の新シャトルバスは、この横芝光町役場を発着点にするようだ。役場は立地が市街地から離れている分敷地には余裕があり、隣接して町民会館や体育館もあるために駐車スペースは豊富なので、パーク&ライド拠点として、現在の駐車場の一部をバス利用客向けの駐車場として供用するものと思われる。新シャトルバスの運賃は大人300円。横芝光町役場周辺の地域にとっては朗報といえよう。
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旧横芝町と旧光町の境界に位置する栗山川。
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町役場は市街地から離れ、役場周辺にも長閑な田園風景が広がる。

 ところで、この横芝光町役場の位置する旧光町の宮川地区は、おそらくこのブログを以前からお読みいただいている方はご記憶であろうと思うが、以前当ブログで、この宮川地区における乱開発の極みとも言える分譲地を紹介した際、地元在住の方から手厳しく批判されたことがある。僕も記事で反論はしたものの、投稿主の方はこちらからの指摘には一切耳を貸さぬまま、またしてもコメント欄にて、恐ろしいほどの長文で一方通行で反論してきて、それももはや重箱の隅としか言いようのない些末なものばかりだったので面倒臭くなって黙殺したまま闇に葬った苦い過去がある。それもあって僕は本当は、宮川についてはあまり書きたくないのだが、今回、新シャトルバスの運行開始を機会に、町役場からほど近い分譲地を紹介することにした。
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宮川地区に残る旧分譲地。旧光町には、利用もされぬまま荒れるに任せた分譲地が無数に存在する。


 横芝光町役場からおよそ2㎞ほど東に行ったところに、乾草沼(ひぐさぬま)という海跡湖がある。九十九里平野は太古の昔は海であり、現在の水田地帯は近代の干拓を経て形成されたものだが、乾草沼はそんな新田開発の手から逃れたかつての海跡湖のひとつだ。絶滅危惧種となった貴重な昆虫が見られるということで、九十九里沿岸の海跡湖自体、ほとんど残されていない今となってはビオトープとして保全すべき自然環境であるのだが、まったく信じ難いことに、こんな湖沼に囲まれた立地にも分譲地が存在している。
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乾草沼。
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旧光町役場が立てた乾草沼の案内看板。貴重な昆虫類の生息地域であることを伝える。
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貴重な生態系の宝庫でありながら、その向こうに分譲地が見える。

 土地選びのコツとしてよく挙げられるものに、古い地名を調べるというものがある。今日では聞こえの良い、当たり障りのない地名に変更されている地域でも、古い地名は、かつての地形や災害の歴史を伝えていることも少なくないためである。その中でも特に「沼」の付く地名は、軟弱地盤であった証として最も忌避される地名のひとつであるはずだが、ここは古い地名など調べるまでもなく一目瞭然で現役の沼地である。
航空写真
2012年に撮影された国土地理院の乾草沼周辺の上空写真。四方を沼地に囲まれた、赤丸で囲った陸地に分譲地がある。

 確かにこの分譲地は、古い航空写真を見る限り、造成前から陸地であった部分を宅地に転用したもので、沼を埋め立てて造成したものではないとは言え、これほど大きな湖沼に囲まれた陸地の地盤が強固であるはずもない。生態系の観点から考えても、地盤の観点から見ても、住宅地に適した立地とは逆立ちしても言えず、こんなところまで宅地開発が進められてしまったところに、旧光町の乱開発の傷の深さを見ることが出来る。

 沼地に囲まれた分譲地にアクセスする道路は2本あり、どちらも舗装されていない砂利道である。九十九里平野に点在する限界分譲地の多くは、バブル期の80年代に造成された旧別荘地だが、この沼地の分譲地はそれより前、70年代半ばごろの開発である。70年代に開発された小規模な住宅地は未舗装であるところも少なくなく、それ自体は今更驚くに足る事でもないのだが、この分譲地は開発から半世紀近くを経た今なお、家屋がほとんどなく、ほぼすべての区画が更地である。
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沼地に囲まれた分譲地へ至る道。未舗装の砂利道である。
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分譲地内は舗装されている。

 分譲地内の道路は何故か舗装されているが、ただ電柱が立ち並ぶだけで、ほとんどが更地である。側溝は土砂に埋もれ雑草が生え、既にまともに使える状態にない。いくつかの区画には草刈り業者の看板が立てられているが、ほとんどの区画は看板もなく、売りに出されているのかも判然としない。現在、1棟だけ残されている家屋は、あまり居住感の感じられない佇まいであるが、窓から飼い猫の姿が見えたので、まだ居住中であるようだ。実はこの分譲地には、ひと月ほど前にも訪問しており、その時にはもう1棟、空き家と思われる平屋の小さな家屋があったのだが、今回訪問時にはすでに取り壊されており、基礎だけが残されていた。

 家屋のほとんどない限界分譲地において、建物を取り壊して更地に戻すという行為は、希少性の高いレアアイテムをワゴンセールのカゴに放り込むようなもので、それこそ資産価値を一層押し下げて流動性を失わせる自殺行為に等しいのだが、基礎だけ残してあるということは、これからまた建て直しをするのだろうか。
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2019年8月現在、家屋は1棟のみ。他の区画はすべて更地である。
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土砂が堆積した側溝。
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2019年6月末の訪問時にはまだ残されていた空き家。
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それほど傷んだ家屋にも見えなかったが、今回の訪問時にはすでに解体されていた。

 それにしてもこの分譲地は、道路の間近にまで沼地が迫っていて、おそらく湿気や虫の繁殖は相当なものだと思われる。旧光町役場からそれほど遠くない立地にもかかわらず、今日においても家屋がまったく増えないのは、やはりこの立地条件が避けられたからであろうか。
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沼は分譲地の道路の間近に迫る。

 家屋は1棟しかないとは言え、この分譲地は結構な広さがあり、古い航空写真では、現在のものよりも多くの街路が確認できる。しかし今となっては、その街路の多くが雑草に埋もれ、容易に立ち入ることができない。比較的状態の良い街路もバリケードで封鎖されていたりして、住宅地として再利用する見込みはないようだ。旧光町では、家屋が1棟もない分譲地は珍しくないが、その多くは街路が建築基準法の道路として指定されていない、つまり建築不可の分譲地だ。この分譲地も、現在は建築許可が下りないのかもしれない。
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街路が封鎖された区画。
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いくつかの街路は樹木に埋もれ、立ち入るのも困難になっている。

 さて、いったんこの分譲地を離れて、乾草沼に隣接した2車線の道路に出ると、その道路の反対側に、太陽光パネルの発電基地がある。一見するとただの雑木林を切り開いて構築した発電基地であるが、よく見ると、古い給水塔が遺されているのが見える。現在は東京の業者が小規模隣地開発許可を取得しているので分譲地ではなく、航空写真を見ただけではそこが分譲地であった形跡は確認できないのだが、現地に残された給水塔や空き家、土留めの石積みなどを見る限り、ここもかつては分譲地であったことが伺える。いずれにしても猛烈な雑草で、ほとんど近寄るのが不可能な状態だ。

 それにしても、環境意識の低かった70年代ならまだしも、今日になってもこのような太陽光発電基地としての開発許可を出すとは、横芝光町は、この乾沼草の自然環境を本気で保全する気があるのだろうか。
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太陽光パネルの発電基地の中に、給水塔の残骸が残されている。
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発電基地近くに残された廃屋。
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分譲地の土留めの残骸。 
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沼に掛けられた小橋(?)が見えるが、もはやたどり着くことができない。

 そしてこの発電基地から少し南に進んだところに、もう一つ、小規模な分譲地が残されている。こちらは街路は未舗装とはいえ歩行可能な状態であり、錆び付いた古い街灯も残されているのでかつての分譲地であったことはすぐに分かるのだが、この分譲地もまた、入り口はバリケードで封鎖され、「関係者以外立ち入り禁止」の看板が立てられている。

 人の住まない限界分譲地は不法投棄のメッカとなりやすく、車両の進入を防ぐための苦肉の策であると思うが、それにしてもこの分譲地は今もなお、草刈り業者が管理する不在地主の所有地が残されており、それで入り口を封鎖されてしまったら地主にしてみればたまったものではなかろう。ほかならぬ「関係者(地主)」は、いつ現れるとも知れないこの土地の引き取り手を待ち続けているはずなのである。分譲地として、この措置は死刑判決を受けたも同じことだ。
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入口を単管パイプで塞がれてしまった分譲地。錆び付いた街灯が残る。
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立ち入り禁止とされた分譲地を買う者はいない。地主からすれば悪夢のような無慈悲な措置だ。

 「関係者以外立ち入り禁止」とあるが、一応「購入予定者(買うとは言っていない)」であるから、まあ関係者だろうということで立ち入ってみたが、当然のように街路は荒れ放題で、もはや区画割りも判然としない。しかし、いまだに草刈り業者の看板が立てらていて、管理はされている。確認できたのは、両総管理が管理する「市東様」の所有地と、大里綜合管理が管理する「高木様」の所有地の2区画だった。

 市東様の所有地はまだしもメインの街路に面していて、バリケードさえなければアクセスは容易であり、もしかすると公道に面している可能性もあるが(調べていない)、高木様の所有地は、ジャングル化した街路を潜り抜けた先にあり、確認するまでもなく建築不可なのは明らかで、そもそももはや、草刈り業者に手間賃を払って雑草を刈る意義すら見いだせない状態である。おそらくそう遠くない将来、この分譲地は元の山林へ還っていくことになるだろう。
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公道に近い市東様の管理地。公道に面していれば建築は可能だが、封鎖されているということは、公道には接していないのかもしれない。
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高木様の所有地へ続く街路。
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雑木林を抜けた先にある高木様所有地。率直に言って、雑草を刈る意味が分からない。


 というわけで、横芝光町から空港へのシャトルバスが運行されるという明るい話題を切り口としている割には、紹介したのはほとんど使い物にならない分譲地ばかりで、結局何が言いたいのかよくわからない記事になってしまったが、要するに伝えたいことは、横芝光町役場の周辺には、役場まで自転車でも十分アクセスできるような距離でも、無数の分譲地が売れ残っているという事実である。もちろん、今日でも建築許可が下りる分譲地が大半だ。

 横芝光から成田空港までバスで向かうとなると、最低でも50分ほどは要し、ちょっと通勤としては遠いのだが、成田空港までの格安のアクセス手段が準備されている空港周辺自治体の中で、横芝光町はおそらく最も地価が安く、そして最も売地の物件数が豊富な自治体である。前回の記事で既に述べたように、僕自身も横芝光町の海岸近くの小さな更地を取得して細々と整備を進めている。格安の限界分譲地をお探しの方がもしいるとすれば、横芝光町は候補地の一つとして入れておくべき町だろう。横芝光町の場合、平野部の分譲地は大体自治体のコミュニティバスの運行ルートがカバーしており、その運賃も一律100円と格安だ。

 また横芝駅前には、移住相談の窓口もあるが、ただこうした限界分譲地は、地元では「バブル期に都会の金持ちが騙されて買った土地」という認識で一致しており、おそらく役場としても積極的には勧めては来ないので、その点は注意が必要かもしれない。
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横芝駅前に新しくオープンした交流施設「ヨリドコロ」。
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施設内には移住相談の窓口もある。
 

湖沼に囲まれた分譲地へのアクセス

・横芝光町宮川
 総武本線横芝駅より横芝光町コミュニティバス(全ルート) 「役場前」バス停下車 徒歩20分