少し前の報道になるが、2020年9月21日付の『千葉日報』において、不動産ポータルサイト「LIFULL HOME’S」を運営する株式会社LIFULLが、首都圏一都三県の、物件問い合わせ数の増加率を駅ごとに集計したところ、なんと八街(駅)が賃貸物件の上昇率1位という結果が出たことが報じられた。2位は姉ヶ崎(市原市)、3位は大網(大網白里市)で、驚くべきことに上位3位とも千葉県の郊外部、それも都心からかなり遠く離れた地域の駅である。
もちろん、これはあくまで「上昇率」なので、極端な例を言えば、それまで1件しか問い合わせがなかった地域に、2件の問い合わせが来ればそれだけで上昇率は2倍になってしまうのだが(そんな単純な集計方法でもないとも思うが)、八街はそこまで物件の供給自体が希少な地域ではもちろんなく、恒常的に供給が続く地域であることを鑑みれば、実際に問い合わせの数自体は急増したことは疑いはないだろう。
2020年は、もはや周知の通り新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、我が国でも緊急事態宣言の発令に伴い多くの企業によって在宅勤務、テレワークへの切り替えが試みられた。調査元であるライフルも「在宅勤務(テレワーク)導入などライフスタイルの変化が背景にある」と分析しているが、しかしいくらテレワークが推進されたからと言って、それで直ちに八街への移住を決断した人が急増したと言われても、それもあまりに奇妙かつ突拍子もない話であると思わざるを得ない。
思うにこれは、テレワークで移住志向が高まったのではなく、もっと切実な話、コロナ渦によって収入が激減したり途絶えたりしてしまった方が、より安い賃料の物件を求めて、首都圏最安値と言っても過言ではない八街の物件に注目した、というのが事実なのではないだろうか。
実際、現在は横芝光町の海岸付近で暮らす僕の目から見ても、八街は利便性の割に地価が安い地域だと思う。八街より更に都心から離れて奥地へ向かっても、物件の供給数自体が減るので(更地を除く)、賃料相場はほとんど変わらないし、たとえば横芝光町からでは、都内へはもちろん千葉市へ通うのも少々億劫な距離になってしまうが、これが八街であれば、都内でもなんとかなるし、千葉市であれば、それこそ八街はそもそも昔も今も千葉市のベッドタウンとして機能しているからだ。
八街と同じく利便性の割に地価が安い町として東金も挙げられるが、都心、千葉市方面までのアクセスは同程度でも、もう一つの通勤エリアである成田市、空港方面へのアクセス性は、東金より八街の方に分がある。
考えてみれば八街という町は、開拓によって入植がはじまった当初から、常に東京・首都圏の社会情勢の急激な変化の調整弁として機能してきた。明治維新に伴い増加した旧士族などの窮民対策としての入植、敗戦後の食糧難の対策としての旧軍用地の払い下げによる再開拓、開発ブームとバブル時代の地価狂乱時における、いわば安価な応急処置としての住宅の急増、バブル崩壊後、日本一の発生件数となった競売によって新たに生じた安価な賃貸物件の急増、そして今回のコロナ禍によるその多数の賃貸物件への関心の高まり、などなど、決して華やかなものではないが、今も昔も八街は首都圏の住宅事情において極めて特殊な立ち位置を確保していると言える。
さて、そんな訳でにわかに注目を集めている八街の賃貸物件であるが、この集計結果にはもう一つ指摘しなければならない重大な問題点がある。前述の記事によれば、問い合わせ数の増加率の集計は駅ごとに行われているとのことなのだが、不動産物件サイトの特性として、多くの住民が公共交通機関を利用して生活している首都圏郊外部と異なり、八街を含め、公共交通機関が貧弱で、住民の多くが自家用車によって移動手段を確保している地方部では、そもそも物件サイトの交通機関の情報自体が重視されておらず、その記載内容は極めて投げやりで杜撰であるという点である。
この地域で鉄道を日常的に利用する機会のない方は、まず公共交通機関の存在そのものに無頓着なことがほとんどなので、広告を出す不動産業者も、1日にわずか数本しかない路線バスやコミュニティバスの情報や、停留所から物件までの距離をわざわざ記載することは少ない。たまに書かれていても既に廃止された路線のものだったりするが、多くはバスの存在そのものを無視して「徒歩60分」とか「徒歩7000m」などとおよそ非現実的な記載がされている。
聞けば業者も、事実上自家用車以外の交通手段を想定できないような地域でも何かしらの記載をしないと、物件情報の入力画面が進まないので仕方なく書いているそうなのだが、最近では完全に開き直って、交通機関の欄に「自動車」とだけ記載された物件広告を見かけることもある。
つまり、現実に多数の住民の生活行動範囲が、駅を中心に徒歩や自転車、バスなどで形成されている郊外部と比較すると、八街以遠の集計は「最寄駅」として算出される範囲があまりに広すぎるため、この集計結果のみでは「八街駅」の利用を想定した生活スタイルがどれほど注目を集めているのか正確に読み取れないという問題もあるのだが、そもそも駅から徒歩ではとてもたどり着けないような僻地にまで当たり前のように賃貸物件が立ち並ぶ町も珍しいと思うので、それも含めた「八街」という町が注目を集めている、と判断しても差し支えはないのかもしれない。
では、実際にその八街の僻地にある賃貸物件は、どのような立地に位置しているのだろうか。当ブログではこれまで限界分譲地について、グーグルマップ上でその所在地を公開してはいたが、本文ではあくまで分譲地内の現況をお伝えするだけで、立地条件については「農村部」や「僻地」と記載するだけで、その具体的なロケーションの模様を紹介する機会は少なかった。そこで今回は、八街市のとある限界分譲地に位置するあるアパートを例に、そのエキセントリックな立地を堪能する散歩に出かけてみたいと思う。
場所は八街市砂(いさご)。千葉県道53号線「千葉川上八街線」と県道289号線上の「沖十文字」を結ぶ八街市動115号線の道路脇に、ある一つの看板がある。「この奥にアパート有り 入居者募集中」とのことなのだが、この看板が立てられている地点が既に八街駅より7㎞強も離れており周囲は完全に農村地帯で、徒歩で100分近く要するのに、そこからさらに奥にアパートがあると言う。そしてそれなりに設置費用も掛かるであろうこの大きな看板に、デカデカと「空室有り」の文言が鮮明に印刷されている。どうやら常に空室を抱え続けることを前提としているらしい。
看板の所在地。
看板を出しているのは八街市内の建築・不動産業者である「総武住販株式会社」。バブル末期の1990年より八街市内で建売住宅の建築・販売を続けている、市内では老舗の業者のひとつである。以前、何かのメディアで現社長のインタビューを目にしたことがある(記事を検索したものの見つけられませんでした)。それによれば、全盛期には年間100棟ほどもの建売住宅の建築販売を手掛けていた同社だが、その後の八街市内の住宅市場の縮小に伴い、現在は年間20棟ほどの販売まで数を減らしてしまったと語っていた。
そして実は今回紹介する件のアパートは、ほかならぬ僕自身が、都内から八街市へ移住を計画していた際に、この総武住販の営業担当者に実際に室内を案内してもらった物件のひとつなのだが、当時、僕がその担当者に、どうしてこんな所にアパートがあるのですかと問うたところ、その担当者は「私もどうしてこんな所にアパートがあるのかわかりません」と前置きしたうえで、昔開発した分譲地に空き区画があったのでアパートを建てたと聞いている、とのことであった。
看板の案内通り横道に進入しても、風景はまるっきり農村集落の趣で、賃貸アパートを借りて暮らすイメージとまったく結びつかない。少し進んだ先に本源寺というお寺があり、その境内の片隅には、八街市の指定天然記念物である「カタクリ群生地」の案内看板が出ているが、僕が見に来たのは天然記念物ではなく賃貸アパートである。
本源寺を過ぎた先は少し開けた谷戸となっていて、おそらく現在はほんの部分的にしか耕作されていないであろう谷津田が広がる。地区のコミュニティセンターの隣には「日枝神社と神社集落」と記載された案内看板があり、道路脇の斜面にいくつかの小さな祠が立ち並んでいるのが見える。日枝神社はその隣にあり、先ほど案内看板を見かけたカタクリ群生地もここの奥にあるようだ。しかし、賃貸アパートは見当たらない。
カタクリ群生地の先は、道路は雑木林の中へ向かっており、その雑木林の中で道は二股に分かれている。交差点付近にはデイサービスの案内看板があり、このデイサービスは目指すアパートの近くに位置しているはずなので看板の方向へ向かう。やや道路が険しくてこの先にアパートが果たしてあるのか不安になるが、間違いなくあるので意を決して進む。
分岐の先は再び集落となるが、先ほど通過した本源寺のある集落とは異なり、こちらは家屋も疎らで、所々が太陽光パネル基地に転用されている。太陽光施設は分譲地内では頻繁に目にするが、実は一般の農村集落でも見かける機会は多い。今はあまり許可されないかもしれないが、おそらく農地転用されたうえで休耕地に設置された太陽光パネルを見かけることもある。ただしパネルはあっても賃貸アパートはない。
この集落を越え、既に使われなくなって朽ち果てた牛舎跡の脇を抜けると、周囲は再び谷津田となるが、ここまで来るともはや民家もなく、周囲は谷津田と雑木林が広がるのみとなる。道幅もいつの間にか、普通車同士が離合するにはやや神経を使いそうな幅にまで狭くなっており、果たしてこの先に本当に賃貸アパートが存在するのか、いよいよ不安になってきた頃になってようやく、件のアパートが存在する分譲地が見えてくる。看板には「この奥にアパート有り」と記載されていたが、なるほどその記載には一切の脚色・誇張もない紛れもない奥地である。
分譲地の周囲には旧来からの農村集落は見当たらず、元々山林であったところを新たに開発して分譲されたもののようだ。それにしても旧来の集落すら途絶えた交通不便な最奥部に、ある時期になって、一民間業者の営利のために突然出現した新しい集落。所謂「限界集落」は今では日本の多くの地方都市で抱える問題だが、八街の場合、その問題の限界集落の更に奥地に、このような、僅か1世代で早々に過疎化する「限界分譲地」という余計なオプションが付け加えられており、問題をより複雑かつ困難なものにしている。
件のアパートは分譲地内に3棟ほど散在しているが、いずれもそのアパートの駐車場はほとんど空である。このアパートの募集広告は、僕が実際に案内してもらった4年前から今に至るまで常に物件サイトに掲載されており、人手不足の運送会社の求人よろしくサイトの常連なのであるが、今回久々に訪問しても、やはりどう見ても満室には見えなかった。
しかし、ここのアパートが満室にならない理由は、もちろん最大の理由はこの極めて不便な立地条件にあることは疑いはないのだが、もう一つ、実はこの分譲地のゴミ集積場や周辺の電柱には、ちょっと穏やかではない文言が書き込まれた張り紙が多く張り巡らされていることも理由の一つであるかもしれない。
当ブログは原則として僻地の開発分譲地におけるハード面の問題を扱うものであり、住民個人の気質に言及するような記述は極力避けているので、ここでその貼り紙の内容を詳述するわけにはいかないのだが、張り紙の中には、改造車の使用者に対する罵詈雑言が書かれたものもあり、そしてここのアパートには実際に改造車が置かれている所もあったことから、戸建住宅の所有者と、定期的に入れ替わる賃貸アパートの住民の間で過去に何らかの軋轢もあったのかもしれない。一応、あくまで参考として1枚だけその貼り紙の画像を貼っておく。
そしてこの分譲地からさらに南へ少し進むと、もう一つ、同じ業者(総武住販)によって開発された別の分譲地がある。並ぶ家屋は先に紹介した分譲地と似たようなもので、やはり同じようにその合間にいくつかの賃貸アパートが並ぶが、こちらも明らかに多くの空室を抱えている。そしてこちらの分譲地は、アパートだけでなく戸建の家屋でも、空き家と思われる家屋がいくつも目に入る。ただしこちらの分譲地には、旧来から存在すると思われる農家らしき住宅も近接していた。
今回紹介したこの2つの分譲地は、共に周囲に別の集落もなく農地が広がるのみなので、少し離れた所に移動すればその分譲地の模様を一望できるが、遠望すると余計にその立地条件の珍妙さが実感できる。利便性もロケーションも、どう考えても限界集落以外の何物でもないのだが、この二つの分譲地の中には、単身者か、せいぜい子供がいない夫婦で暮らす程度の2DKのアパートが何棟も存在しているのである。
もっとも八街の限界分譲地は基本的に戸建の住宅地であり、ここの分譲地のように賃貸アパートがいくつも建ち並んでいることはむしろ稀なのだが、八街は貸家も含め、このような、事実上近隣の賃貸相場を押し下げる役割しか果たしていないような物件がゴロゴロ転がっている。総武住販の担当者が述べていたように、八街は「そこに土地があったから建てた」としか説明のしようのない住宅やアパートが次々と市場に放出された故に、近隣市町村と比較しても利便性の割に(ここの分譲地は利便性0であるが)賃料が安めの物件が今なお多く残され、そしてそれが今回のコロナ禍で注目を浴びた、ということなのだ。
それは、町のあり方としては決して理想的なものとは言えないかもしれない。乱開発の末にたどり着いた行き先であることは否定しがたい事実であり、賃料の安さを求めて人が集まってくる町、では、イメージとしてもやや見劣りする面は、確かにある。
しかし、金銭的に余裕のある層しか住まいを確保できない街だけでは、社会は成り立たないのも事実である。それが調整弁の役割であったとしても、まずはそれなりに暮らせる住居が容易に確保できる町も、どこかに一つはなくてはならないのだ。多くの物件ストックを抱えたこれからの八街は、首都圏においてそんな役割を果たしていくのかもしれない。否、冒頭でも述べたように、八街という町は、その歴史を振り返っても、入植当初より常にその役割を担う宿命を背負った地域である。それならそれで、八街は今後も、首都圏の縁の下という立ち位置で、その役割を担い続けていくのが良いのではないかと僕は思うのだ。
複数のアパートを抱える分譲地へのアクセス
八街市砂
- 千葉東金道路山田インターより車で15分
- 総武本線八街駅より八街市ふれあいバス「南コース」 「いさご」バス停下車 徒歩15分
コメント
八街は春になると砂嵐がすごいところですからね、、、
友人が朝日地区の建売に住んでいましたが
数年後に引っ越しました。
雨戸閉めていても砂が入ってきますからね。
住むには厳しいところかと。
駅から遠い、車じゃないと厳しい場所ですし、買い物も不便。アパートがあるとは思ってもみない場所ですね。あんな貼り紙見たら借りたくないです。かと言って市街地の渋滞はなかなか解消されませんね。
今後もブログ楽しみにしてます。
いつも楽しく拝見しております。
アパートの壁面まで貼り紙がベタベタ貼られて電波物件化しているようですね。
不動産業者の「入居者以外立ち入り禁止」の正規な?貼り紙も見られるので
仮に入居希望者が内覧に来たとしてもこれでは・・・
こんにちは。これまた凄まじい物件ですね。戸建でも需要が期待できない限界分譲地にアパート。地主がアパート建築業者の提案で建ててしまったものなのでしょうか。
数少ないアパート住民もヤンキーみたいな連中なのでしょうね。戸建の住民の怒りはわかりますがそれにしても貼紙の内容が穏やかではない。町内会のような自治組織も機能していないでしょうから個人が暴走するのでしょうね。
八街は駅近ならギリギリ東京通勤圏ですが直通快速は1本のみ、あとは佐倉での乗換えが必要、あるいは千円近くを払って特急利用と時間、経済的デメリットを地価の安さで補えていないように思います。
利便性が著しく低いアパートを選んで住む理由って
「広さに対して家賃が安い」か「住環境や治安がよい」の二択だと思うんですが
どちらも満たしていませんね……
うるさい改造車に乗ってるヤンキーが「ここなら人里離れているから近隣トラブルもないだろう」と住んで、
分譲地の他の戸建てに住んでる人がブチ切れてるんでしょうか……
https://hbol.jp/236850?cx_testId=7&cx_testVariant=cx_1&cx_artPos=2#cxrecs_s
いきなりすいません
この記事どう思いますか
本当にこの人存在するんですかね?
>>行き成りさん
こちらの記事は僕も読みました。この方はTwitterでも時々お見掛けする方で、僕自身は面識はないのですが、見学の際にお会いしたことがあるというお話は別の方に聞いたことがあります。
僕がよく見に行くような限界分譲地への評価は厳しいですが、でもこれに関しては地元の方は総じて同じ意見だと思います。空き地だらけの僻地の分譲地に強く関心を持つ地元在住者はまれですし、僕自身も、そんな分譲地が今後大きく注目を集めて資産性が高まるとは考えていません。このブログはあくまで、誰も使わないんだったら俺が安く使う、と言う方に向けて書いているものなんです。
また、僕が八街で借りていた貸家の家主さんもそうだったのですが、賃貸経営をしている方は、一人で数十棟の物件を所有していることもあります。またこの地域は物件価格が安いので、格安で販売されている戸建は、いったん販売広告が消えたと思ったら、その後しばらくして賃貸物件として広告に再登場することがよくあります。
そういう点で、リンク先の記事は、確かに誰でも真似できるような話ではないと思いますが、特に驚かされたり意外に感じるようなものではありませんでした。
>>はるたさん
コメントありがとうございます。返信遅くなり失礼いたしました。
おっしゃるとおり、僻地のアパートは、都市部にはないメリットを享受できるものでなければ、絶対選択肢に入らないんですよね。元々限界分譲地は近所にお店も少なく、どうしても日常生活で買い置きや、物を所有して自分で用事をこなす局面が増えてきますから、アパートの生活スタイルと合致しないんです。アパートがある限界分譲地はむしろ少数派ですが、それでも決して少なくはないので、今後が不安なところでもあります。
八街生まれの八街市民です。
とても興味深い記事で、自分の住む街の一面を知る事が出来ました。
空き家や荒れ地も多いのですが、街を良くしていきたいなぁ、とおもっているので、こういった記事はすごく参考になります。
これからも読んで行きます!リポート続けて下さいね。