成田市名木 無風の分譲地

成田市

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 現在も延伸工事が続く、首都圏外縁部の環状型高規格幹線道路である「首都圏中央連絡自動車道」(通称「圏央道」)。千葉県内においては、北から神崎町から旧下総町、旧大栄町を結び、未開通区間である大栄IC〜松尾横芝IC間を挟み、山武、東金、大網白里、茂原、市原を経て、アクアラインのある木更津へ向かう。沿線のほとんどの自治体が少なくない限界分譲地を抱える、当ブログにおいて最重要路線とも言っていい自動車専用道路である。

 しかし、圏央道は千葉県内における区間の大半は対面通行であり、サービスエリアなどの休憩施設はほとんどなく、街灯もない山間の道路は夜間ともなれば漆黒の闇に包まれ、有料道路としてはかなりのスパルタ仕様である。沿線には大きな自治体もなく、未開通区間を残しているためか走行車両も少なく、他県と比べ千葉県内では現状ではあまり活用されているようには見えないが、これも全線開通に至ればまた変わるものなのだろうか。

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圏央道下総IC〜神崎IC間(写真右側)。千葉県においては主に遠郊外部の農村地帯を結ぶ環状型高規格幹線道路である。

 圏央道のインターチェンジのほとんどは、既存の市街地から離れた農村地帯や山間部の中にあり、一般的なインターチェンジ付近の光景として連想されるロードサイド店舗中心の商業施設とは無縁の立地だ。松尾横芝や東金など、一部のIC付近には工業団地が設置されているものの、いずれにせよ今なお市街化とは程遠い地域である。

 しかし、市街化とは無縁の一方で、千葉県内の圏央道のICの近隣には、大体どこも小規模な限界分譲地が忘れられたように取り残されている。いかに交通の便が悪くとも、商業地からも遠かろうとも、茂みや雑木をかき分ければ分譲地の1つや2つ位、必ず出てくるのが千葉県の遠郊外部である。

 言うまでもなくこれらの分譲地の大半は、圏央道の開通よりもずっと前からその場に位置しているもので、中には圏央道の開通をセールスポイントとして分譲したところもあったのかもしれないが、結果的には圏央道の開通などの恩恵をまったく受けることもなく、人知れず農村の片隅で、今なおひっそりと静かに時を刻んでいる。今回はそんな分譲地のひとつを訪問してみた。

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 現時点で、千葉県内における圏央道の中で最も新しい開通区間に位置する下総IC(2015年完成)。そのインターチェンジの真裏、およそ1km弱の位置にこの分譲地はある。1kmと言っても、その道のほとんどは農道に毛が生えたような狭く曲がりくねった道なので、体感的にはあまり近くには感じないが、ともかくこの分譲地が、下総ICからもっとも近い立地に位置する分譲地である。

 周囲には森と畑以外にまったく何もない。元々下総IC自体、旧下総町の中心部である成田線の滑河駅からも遠い僻地に位置しているのだが、このあたりのエリアになると農村集落すらも疎らとなり、県道を走っていても両脇に見えるのは緑深い雑木林を擁する丘陵ばかりである。

 あえて言えば近年のキャンプブームで人気の高い観光施設「成田ゆめ牧場」が近くにあるが、その存在は、逆にこのエリアがいまだ市街化とは程遠いことを証明するものである。この分譲地は県道からも離れているので近隣を通過する車両もないが、どこかから、圏央道を走行する車両の音がかすかに聞こえてくる。

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広大な畑の中に位置する成田市名木の分譲地。

 目指す分譲地はそんな畑の中の一角にポツンと位置している。周囲は遮るものも何もない広大な畑にもかかわらず、分譲地の家は身を寄せ合うように密集して立ち並ぶ。その光景からは、こんな交通不便な農村の片隅で、ほんの切れ端のような土地を取得するのも容易ではなかった地価狂乱の時代を忍ばせる。

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畑の中で、身を寄せ合うように立ち並ぶ名木の分譲地の家並み。周辺の広大な農地との対比が印象的だ。

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分譲地の周囲は広大な農地が広がるのみである。

 分譲地に近づくだけで、少なくとも2棟の建物はほとんど使用されていないことがわかる。窓から見える室内に家財道具の類が見当たらず、庭は手入れされず荒れている。よく見ると、うち一棟は、2階は掃き出し窓であるにも関わらずバルコニーがない。

 この2軒の空き家のうち、片方の家は今から2年ほど前に300万円程度の価格で売りに出されていた記憶があるのだが、未だ住居として使われている気配がないので、果たして売却に至ったのかは登記簿を見てみないとわからない。それにしても、ここは区画数が10棟に満たない極めて小規模な限界分譲地であり、そのうち2棟が放置気味というのは少々先行きが危ぶまれる。なお、この空き家を含め、そのうち数棟はよく似た外観なので、おそらく古い建売住宅と思われる。

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よく似た外観の2棟が使われている気配がない。

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よく見ると、2階は掃き出し窓であるにも関わらずバルコニーがない。

 分譲地に立ち入ってみると、南側から見て空き家と思えた2棟は、やはり玄関側も荒れている。玄関前に置かれたオートバイにまで雑草や蔦が絡みつき、放置されてからの長い年月を思わせる。その一方で、なぜか真新しい軽自動車が置かれているが、これは近所の方のものだろうか。

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分譲地内の模様。

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玄関先に置かれたバイクに雑草が絡みついている。

 家が立ち並ぶ南側の区画に対し、北側の区画はほぼ雑木林と化しておりもはや敷地内の模様を掴むことも難しい。突き当りの家からは生活音が聞こえるので居住中ではあるようだが、全体として少し荒れた印象のある分譲地である。

 成田市の旧下総町や旧大栄町エリアはビバランド団地や芙蓉邸街、リバティヒル500などの比較的規模の大きい住宅団地が存在する一方、八街や山武で見られるような小規模なミニ開発地は多くないのだが、わずかに点在するミニ分譲地は、この名木の分譲地のように、空き家混じりで少し寂れた雰囲気のところが多い。

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小規模ながら利用頻度の低い区画が目立ち、荒れた印象の漂う限界分譲地である。

 一見するとこの分譲地は、北総のどこにでも見られる、開発許可の不要な範囲で造成された小さな分譲地であり、特段変わったところは見られない。荒れていると言っても、北総にある他の限界分譲地と比較して、突出して管理状態が悪いわけではない。しかし指摘しておかなくてはならないのは、下総町においては、これが圏央道のインターチェンジの最寄りの住宅地であるという事実である。

 そもそも、開発許可の不要な範囲のミニ開発というものは、別に北総の限界分譲地にのみ見られるものではなく、都市部の市街地においても一般的に見られる光景だ。郊外住宅地というとどうしても、多摩ニュータウンのような大規模かつ計画的な住宅団地を連想してしまうが、地元業者が跋扈してミニ開発が繰り返され、結果として場当たり的に市街地が形成されてきた都市も少なくない。八街などはその典型である。

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 しかし、下総町においては、元々圏央道など影も形もなかった時代に、圏央道の計画とは全く無関係な思惑で開発されたいくつかの住宅団地が残されているだけで、下総ICの開通を見込んで開発されたと思しき住宅団地は存在しない。この分譲地にしても、道路状況から考えてもインターチェンジの開設を見込んで開発されたようにはとても思えず、単に安い山林を適当に開発しただけの分譲地であることは想像に難くない。そして下総インターチェンジの周辺には、他にミニ分譲地は存在しない。そして既に述べたように、下総ICの周辺はいまだ市街化とは程遠い状況で、ガソリンスタンドやコンビニエンスストアすら存在しない。

 下総ICの開業から今年で6年目になるが、つまり何が言いたいかといえば、高度成長期ならいざ知らず、今や北総のような遠郊外部においては、たかがインターチェンジの新設ごときでは、もはや大規模な先行投資や、地域の風景を一変させるような大型開発など見込めるものではないという事実である。繰り返し述べるが千葉県内における圏央道のインターチェンジはどこも市街地から遠く離れた立地ばかりであり、すでに開業している県内の圏央道沿線を見渡しても、インターチェンジの新設が起爆剤となって大型開発が飛躍的に進められた地域など、木更津のごく一部の地域を除いて存在しない。

 改めて言うほどのことでもないかもしれないが、道路網そのものが不充分だった高度成長期と異なり、今はもはや高規格道路の新設ごときで大きな発展が望める時代ではないのだ。

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 圏央道は、千葉県内においてはいまだ大栄JCT~松尾横芝IC間が未開通区間として工事が進められている。用地買収が順調に進めば2024年度内に開業予定との話であるが、残された未開通区間の周辺も、これと言って大きな商業地や人口密集地があるわけではない。成田空港からは比較的近いが、そもそも空港と都心方面の大消費地を結ぶ高規格道路は、最初から東関東自動車道があるのであり、まるであさっての方向へ延伸している圏央道が空港アクセスにおいてどれほどの役割を果たすものなのかは未知数である。

 僕としても、地域の未来にあまり暗い見通しばかり立てたくはないのだが、ただ現在の北総の状況では、この手の大型開発に関する話は、やや懐疑的に見ておいた方が良いと思う。実はあまり詳しく書けないが、未開通区間の周辺には、圏央道の全線開通による資産価値について希望的・楽観的観測を立ててしまっている人がいる。それが、ほとんど事情も知らないような一般の方だけならまだ良いのだが、そうではない立場の方まで、展望と願望を混同させてしまっている姿を、僕も少し目にしている。実際には、空港を抱える成田市内に位置する下総ICの周辺ですら、開通によってそよ風ほどの影響も発生していないのは既にここまで書いてきた通りなのだが。

 確かに物流会社など特定の業種においては、圏央道の開通の恩恵を多大に受けているところもあるのかもしれないが、少なくとも個人使用の範囲にとどまる規模の不動産に関しては、圏央道の開通による恩恵など、それこそ、遠出するときに少し便利になったとか、そんなレベルのささやかなものでしかない。僕が懸念しているのは、この圏央道の全線開通を根拠に、非現実的な甘言を弄す業者が跋扈しないかという点である。それも、本人にすら騙す意図もなく。

 最初から悪意を持って騙す気で来る人間は、案外見抜きやすいかもしれない。しかし、勧誘する側も、もし本気で信じて、善意でもって勧誘してきたとしたらどうだろう。どう考えても時代錯誤としか思えない大型開発への過剰な期待は、本人の意図とは無関係のところで周囲に感染してしまう恐れがある。昨今は不動産投資熱が高まっていて北総でも恒常的な物件不足が続いているが、希望的観測にまみれた売り文句に丸め込まれる方が増えないことを祈るばかりである。地獄への道は善意で何とやら、と言うものでもあるし。

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無風の分譲地へのアクセス

成田市名木

  • 圏央道下総インターより車で4分

コメント

  1. 素人 より:

    初めまして。成田空港の成り立ちから八街のことを知り、こちらにたどり着きました。大変興味深く読ませていただいております。

    それにしても、あくまで個人的な感想ですが、これら限界分譲地の形成が始まった70年代・80年代の世相を振り返ると、よく言えばイケイケ、悪く言えば先見性のない無節操な時代だったのだと感じます。こうした先見性のなさが、直接であれ遠因であれ、現代の日本経済における様々な社会問題に通じる部分があるのではないか、と思えてきて、やや怒りにも似た感情を覚えます。

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