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 2017年の12月に、僕は横芝光町の宮川にある分譲地を訪問して記事を一つ投稿した。それからしばらく当該記事には、一つのコメントも付くことなく、また一時的にアクセスが急増することもなく、僕自身その記事自体を忘れていたものであるが、つい先日、その分譲地の住民の方から、記事内容の事実誤認を複数指摘するコメントを頂いた。その筆致はいたって丁寧で悪罵を投げかけることもなく誠実なものであるが、行間から、僕の書いた文章に対する強い不信感が伺えた。評価も星1つである。


 ご意見を読むと、確かに明らかに僕の事実誤認であることは間違いないご指摘もいくつかあり、素直に非を認め訂正しなければならないところであるが、指摘個所が多く、もともと杜撰な下調べの元に執筆した記事に加筆しても仕方ないと考え、改めてこの分譲地を再訪して記事を書くことにしたのだが、その前に一つ書いておかなければならないことがある。

 コメントを頂いた「郭の仙人」さんは、僕の事実誤認の記載を、意図的な捏造であると疑っている節があり、またその筆致からも、当ブログを「こんな珍妙なところに住んでいる人がいるヨ!」といったノリの、興味本位の覗き見的なブログであるかの如く捉えているようだが、元々このブログは、現在、千葉方面で土地探しをされている方への情報提供と、これまで広く知られてこなかった北総周辺の旧分譲地の現状を、自治体の枠を超えてその問題点を浮き彫りにすることによって、今後の超郊外における暮らしのあり方を模索するのが目的であって、わざわざ捏造してまで発信しなければならない必然性は何もない。そもそも僕自身が、貸家とは言え空き地や未利用地が残る限界ニュータウンの住民である。
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 であるから、欠点は容赦なく指摘しなければそもそも発信する意味がないし、極端な言い方をすれば、褒める必要などないと考えている。不動産市場においては、既に「坪1万円以下」という評価が確定しているのだから、それでもなお千葉の超郊外の分譲地を探す人に向かって、自然が豊かだの時間がゆっくり流れてるだの、そんな綺麗事の空文句を並べたところで何の役にも立たないし、そんなものは役所が発行する移住促進パンフレットに任せておけばよいのである。国策を何でも盲目的に肯定することを「愛国心」と呼ぶに値しないのと同様、地域の問題点から目を背けた地域活性化などありえない、と僕は考えている。

 そこまで考えているのなら、じゃあ何で事実誤認の記載の多い杜撰な記事を投稿したのだ、と問われれば、それはまだブログ開設当初で調査手法が未熟だったから…などという見苦しい言い訳を、顔を真っ赤にして震え声で述べるしかないのであるが、何にせよ事実と異なる記載があればそれは早急に訂正しなくてはならない。

 ということで、よりによってこれまで紹介した中で自宅から一番遠い分譲地の紹介記事が見るも無残な状況ということで再訪を余儀なくされ、涙目ながらに横芝光町へやってきたわけであるが、批判コメントは箇条書きで書かれているので、それを一つずつ引用して、情報の訂正、あるいは反論(実はあるのです)を書いていきたいと思う。



①「おそらく元は田んぼ」とあるが、少なくとも写真にある我が郭は、元は田んぼでは無く山林である。

 これに関してはもはや弁解の余地もない。国土地理院の過去の航空写真を見れば、造成前の状況など一目で分かるのに、記事投稿時の僕はそのサービスの存在を知らず、周辺の状況から憶測で書いてしまっている。「おそらく」というのは単なる逃げ口上で、弁解の担保にもならない。下の画像は1975年に撮影された宮川の分譲地周辺の上空写真であるが、既に街路らしきものは見えるものの、まだ造成途中で、紛れもなく山林を切り開いている様子が視認できる。
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1975年の宮川付近の上空写真。(国土地理院の航空写真閲覧サービスより引用)

 今回、改めて分譲地を歩いてみて、分譲地に隣接する水田にも足を運んでみたのだが、なるほど、わずかとはいえ周囲の水田と分譲地には高低差があり、分譲地は若干高い位置に造成されている。田んぼを埋め立てて造成したと書いてしまうと、その地盤の質に疑念を生じさせることになるので、これは訂正しなくてはならない。もっとも、この宮川の分譲地に限らず、北総の限界分譲地は、元の地目が何であれ、その資産価値に影響を与えるレベルでは到底なくなっているが。
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分譲地に隣接する水田。画像では判りにくいが、分譲地と若干の高低差がある。


②「川が近いので増水時の不安」とあるが、ハザードマップで見る限り、この辺りは10m程度の津波も洪水の際の氾濫の恐れも無い地で、当地の小字の地名もそれを物語っている。
さらに言えば、栗山川の特性として増水時に流れ込めなくなった支流(借当川など)が氾濫したりはするが、本川の氾濫決壊は無い川だと言われている。

 北総は豪雨時に冠水する場所が意外に多く、これもまた印象だけで書いてしまっているのだが、コメントの記載だけでは確認のしようがないので、今回、分譲地を訪問する前に、横芝光町役場に赴き町発行のハザードマップを頂くとともに、環境防災課の町職員の方に簡単にお話を伺ってみることにした。
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横芝光町役場。

 横芝光町は2011年の東日本大震災で津波被害があったので、町発行のハザードマップは「津波編」と「洪水・土砂災害編」の2種類に分けられている。津波に関しては、この宮川の分譲地は海から遠いので、僕も元から津波被害の可能性など考えていなかったが、一方の洪水被害の想定地域はどうなのだろうか。
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横芝光町発行のハザードマップの一部。
 
 上の画像はそのハザードマップの、分譲地周辺の一部を抜粋したもので、赤枠内が訪問した分譲地のおおよその位置である。薄い黄緑色は0.5m未満の浸水想定地域で、それは大半が分譲地周辺の水田であり、確かに分譲地の大半は浸水地域として想定されていない。しかしながら0.5m未満とは言え部分的には浸水地域として想定されており、これは正直言って僕もちょっとコメントに困る。ここで改めて憶測を並べても恥の上塗りになるだけだ。

 ということでこのハザードマップを手に環境防災課の職員の方にお話を伺いに行ったところ、応対していただいたのは見た感じ40歳前後の男性職員で、その方によれば、自分の記憶では過去に栗山川が決壊した洪水被害が起こったことはなく、記録に残るような大規模な水害は起きていない、とのことであった。支流や用水路が増水して冠水が起こることはあるが、栗山川自体の決壊は、100%ないと断言はできないが通常は考えられないと、まさにコメント主の郭の仙人さんとまったく同じお答えで、もしかしたらこの職員の方が郭の仙人さんかと一瞬疑ってしまったほどだ。

 なお、横芝光町は震災後、津波の遡上に備え、栗山川の蛇行個所の改良工事などを積極的に進めているとのことである。


③「もはやわざわざ自宅の駐車場に車庫入れする必要もないのか、みな路上駐車だ」とあるが、郭内の住民の名誉のために敢えて言わせてもらう。
57区画ある当郭内では、日の字型に造成された真ん中の道路に接する一軒の家(「空き地の管理状態が極めて悪く、夏場はジャングル化しそうな雰囲気。」と説明が書かれた「栗山川沿いの分譲地(6)」の右側に見える家)だけが路上駐車をしており、他は全て敷地内に車を止めて(原文ママ)いる。


 今回、最も理解に苦しんだご指摘がこの③だ。車両の所有者を確認したわけでもないのに「みな路上駐車だ」と断定したのは、確かに勇み足であり、これは当該地の住民の名誉を傷つけるものであるかもしれないが、あくまで個人的な意見を言わせてもらえば、別に車庫入れしなくて路上に停めておいても何も問題が起きないのなら、それでいいんじゃないのというのが本音であり、別にこれを以て住民の資質を云々するために入れた一文でもなかったのだが、迂闊な表現であったようだ。

 しかしご指摘とは裏腹に、僕は前回の訪問時、路上駐車で進行を妨げられた個所がいくつもあった。もちろん、そもそも人様の生活道路に自家用車で進入しているのだから、闖入者である僕が声高に文句を言うつもりはないのだが、路駐車両が1台だけしかなかったら僕だってこんな書き方をしない。
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分譲地内の駐車車両。

 路上駐車というより、道路上に放置して長い年月が経過していると思われる車両もいくつかある。ただ、郭の仙人さんは分譲地の区画数を「57区画」と述べているが、僕が歩いている範囲は、どう少なく見積もっても区画数がそんなに少ないはずはなく、前回の訪問記事でも書いたが、元々この宮川の分譲地は街路が極めて複雑に入り組んでおり、どこからどこまでが一つの分譲地なのか判然としないので、思うに、郭の仙人さんは、ご自宅がある分譲地内においては、路駐を行う世帯は1世帯のみだ、と書いているのだと思われる。



④さらに、この画像の道路の左側に見えている樹木は、見えている先まで隣接する農家の敷地内にある樹木で、それをあたかもニュータウン内の樹木である様に関連(錯誤誘導)させるのは、違うのではないかと思う。なお、この郭は、年に2回の草刈が行われる比較的管理された一角であり、隣接する農家の樹木や竹林に囲まれた中にぽっかりと開いて静かな環境を作り出しており、鶯やホトトギスの声にあふれていて、私はそれをいたく気に入っていることを申し添えておく。
栗山川沿いの分譲地 (6)
 これは上の画像のことで、画像の左側の樹木は分譲地内のものでなく、隣接する農家のものであるから、これをもって分譲地の管理状況を云々するのはお門違いだ、というご指摘である。これは画像の選択が悪かったとしか言いようがない。では以下に、今回訪問した際に撮影した、上の画像の周辺区画の画像を紹介する。
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 非難覚悟ではっきり言わせていただくが、隣接する農家の敷地の雑木林と大差ないではないか。「錯誤誘導」されたのはほかならぬ僕である。これのどこが「比較的管理された」状態なのか逆に問いたい(もっとも、近隣にはもう少し草木の伐採が進んだ一画も存在するが)。「隣接する農家の樹木や竹林に囲まれた中にぽっかりと開いて静かな環境を作り出しており、鶯やホトトギスの声にあふれて」いるとのことだが、それは分譲地の利用が進まなかった結果として現時点ではそうなっているのだけのことであり、問題の本質はそんなところにあるのではない。この宮川の分譲地も含め、北総の分譲地は、本来は住宅用地としての転売を目論んだ投機目的の分譲地であり、各区画の所有者の所在は広範に散らばっていて、事実上、管理責任が散逸していることが問題なのである。
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竹林と化した不在地主の所有地。

 郭の仙人さんが、この環境をお気に召され、鶯やホトトギスが集まる環境を今後も維持したいとお考えになられていても、ある日突然その小鳥たちの住処である樹木がなぎ倒され、太陽光パネル基地や、半分腐ったような廃車置き場、最悪のケースとしては不法投棄場所に転用されてしまう危険性を常に孕んでいるのがこの手の分譲地の現状であり、そして実際そうなってしまい、取り返しがつかない状況に陥っている分譲地もこれまで紹介してきた。
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 分譲地自体は乱開発の産物とは言え、実際に居住をしている住民の方が存在し、住宅地として機能しているのならば、住宅地としての機能の維持を考えていかなくてはならない。宮川のこの分譲地の場合、小鳥のさえずりが聞こえる緑あふれる静かな住宅地として今後も活用していくのならば、未利用地を地域社会の共有財産として維持していく仕組みが構築されなければならない。それは現状では、法改正を待たなければ不可能なのである。八街と横芝光の違いはあるとは言え、ともに限界分譲地の環境に惹かれて居住する方であるのなら、現況に満足するだけでなく、この辺りの問題意識はできれば共有してほしい、というのが僕の勝手な思いである。
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 ましてや宮川の場合、分譲地の規模に対し、あまりにも実際の居住人口が少なすぎる。荒れた区画の管理責任を、現在居住している住民のみに押し付けるのは酷な話だ。だからこの問題を、地域社会の狭い範囲で収めることなく、広く情報として共有することによって、何かしらの方策を編み出す機会になればということで、僕は分譲地の訪問を続けてきたのだ。



 ということで、謝罪なのか訂正なのか反論なのかよくわからなくなってしまいましたが、事実誤認の記載はすべて僕自身の調査不足によるものであり、郭の仙人さんをはじめ住民の方に不愉快な思いをさせてしまいお詫び申し上げます。今後も、記事内容に誤りがありましたら、どうぞ遠慮なくご指摘いただければと思います。