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 利便性に難のある限界分譲地がひしめく北総において、ひときわ異彩を放っているのが旧下総町(現・成田市)である。旧下総町には、八街や山武、九十九里平野で星の数ほど見かけるような、開発許可の不要な範囲に留めたミニ開発の分譲地がほとんど見当たらない一方で、開発許可申請を出されて造成された住宅団地が町内の各所に存在する。
  
 同じく成田市に吸収合併された旧大栄町も似たような状況であるが、それでも大栄町にはミニ分譲地も少なからず存在している。当ブログにおいては、下総町の住宅団地は開設当初より紹介してきたもので、ビバランド団地、日豊しもふさ緑ヶ丘団地、あしかば団地、芙蓉邸街、外記林団地などをこれまで紹介している。

 芙蓉邸街を除きいずれの団地も実際に建築されている家屋は僅かであるが、区画数だけ見れば数百区画に及ぶ住宅団地であり、どちらかと言えば下総町にあるような中規模の団地の方が「限界ニュータウン」の名に相応しいとも言える。下総町は限界ニュータウンの宝庫でもある。
  
 さてそんな下総町の住宅団地の中で、唯一、未だ未踏となっていた団地があった。それが今回紹介する「つつじが丘団地」である。訪問していなかった理由は単純で、この団地はほとんど神崎町との境界に位置しており、現在の我が家から遠かったためであるが、この団地に関するいくつかの資料や情報も揃ってきたので、「限界ニュータウン探訪」の原点に帰るつもりで、今回訪問してみることにした。
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 「つつじが丘団地」は、成田線の滑河駅から、神崎町に向かう県道を東に進んでおよそ4kmほど。圏央道の高架部の手前に、団地の入り口を示す看板が立てられている。下総町の他の住宅団地と異なり、この団地は旧来からの集落と隣接しており、看板がなければこの地に開発分譲地が存在するようには見えない。
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団地の入り口部分。コミュニティバスの停留所がある。

 看板の傍らには、団地名の由来となったつつじの木が植えてある。「つつじヶ丘」という名称自体は、明らかにつつじの可愛らしさとは無関係の安直な思惑で借用してきた疑惑が残るものだが、これは後に付けられた名称であり、この分譲地は、当初は「下総ニュータウンつつじ苑」という名前で販売されていた。
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 上の画像は、1976年9月11日付けの読売新聞に掲載されていた、現在のつつじヶ丘団地の分譲当初の販売広告である。所有者は墨田区太平にある㈱青木染工場になっているが、販売代理として名を挙げているのが、紀州鉄道直系の紀州鉄道不動産だ。

 紀州鉄道は、一見すると和歌山県内で私鉄を運行する地元企業のように見えるが、実際に和歌山県に保有する路線は運行距離も短い僅かなもので、主力の事業は鉄道よりも不動産業やホテル業であり、本社も東京である。ただ、他の大手私鉄系の不動産会社ほどは大掛かりな開発は行っていないらしく、紀州鉄道が手掛けた住宅団地の存在は聞かないが、こんな千葉県の片田舎の限界ニュータウンも手掛けていたようだ。常磐線の我孫子駅から送迎バスを運行する太っ腹ぶりに驚かされる。

 そんな貸切バスまで運行されて華やかに売りに出された「下総ニュータウンつつじ苑」も、分譲から45年が経過し、今や滑河駅から一日数本のコミュニティバスが細々と運行されるのみだが、分譲地名の由来となったつつじだけは枯らさず今も手入れを続けているようだ。同じく「つつじヶ丘」を名乗りながら、団地内につつじの木など一切なく、代わりに入口付近にデデーンと広大な太陽光パネル基地が設置されてしまった、多古町の「五宝つつじヶ丘住宅」とは大きな違いである。

 なお、先に紹介した新聞広告には、このバス停のすぐ隣に「スーパー用地」の文字が見えるのだが、そこにあるのはおそらく団地の開発時期とほぼ同じころに建てられたと思われる一般の住宅である。
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 団地の中に入ると、入り口からすぐに上り坂となり、早速右手には巨大な擁壁がそびえ立っていて、早くも一抹の不安を覚える。航空写真で事前に確認していた時から、この団地は北向きの傾斜地であることはわかっていたが、この勾配だと、もしかすると採光面である南側は巨大な擁壁、という、住宅地として最悪のパターンもありうる。

 坂の途中にゴミの集積場がある。やや古びてはいるものの集積場はブロックとフェンスで堅牢に作られており、注意書きの看板もある。隣りにある掲示板には所狭しと告知チラシが貼られている。この、ゴミ集積場のスペックと掲示板は、その地の自治会が正常に運営されているか判断するための重要な材料で、自主管理の機能が麻痺した限界分譲地では、ゴミ集積場に未分別のゴミが残されていたり、掲示板に色褪せた古いチラシが残されていたり、あるいは何も貼られていなかったりする。
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よく管理されたゴミ集積場と掲示板。自治会機能を映す鏡でもある。

 その点、このつつじヶ丘団地の集積場と掲示板は、現役でしっかり管理されており申し分のない状態で、自治会の機能が活発に働いている模様を伺うことができる。実際、このつつじヶ丘団地の自治会は、現在の状況は不明だが、かつては団地内の清掃やイベント活動も定期的に行われていたほど盛況であったという話もある。時には窮屈に感じるほどのローカルルールも少なくない自治会のシステムは賛否両論で、僕自身も現在は自治会には加入していないが、一方でこうした住宅団地を住民の自主管理で適切に維持していくためには、ある程度はシステム化された自治会組織が必要なのも事実である。
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 団地内の道路は、開発時期の古い分譲地の割には幅員は狭くなく、現在は成田市道に指定されている公道のため管理状態もすこぶる良い。さすがに空き地の多さは他の近隣の他の限界ニュータウンと変わらないが、いくつかの空き地にはつつじの木が植樹され、季節はちょうど春という事もあってつつじの花が満開で、可愛らしく明るい雰囲気であった。
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さすがに空き地の多さは他の限界ニュータウンと変わらない。
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空き地に植樹されたつつじの木。ただ植えるだけでなく、きれいに刈り込みされている。

 だが、奥の方へ進んでいくと、やや荒れ気味の空き地も目に付くようになってくる。まったく剪定もされず巨木と化したカイヅカイブキや、同じく伸び放題の枝にばかり栄養を取られ、逆に花がほとんど咲いていないつつじの木など、近隣区画や道路にも影響を及ぼし始めている未管理区画もあり、自主管理の限界を否応なしに思い知らされる。
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巨木と化したカイヅカイブキ。
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まったく剪定されていないつつじの木。栄養が十分に回っていないらしく、咲いている花の数はわずかだ。

 いくつかの空き地には不動産会社の看板が立てられているが、この団地内には、当ブログで常にその存在に言及している草刈業者の看板がない。集中浄化槽などの共用設備を備えている住宅団地は、居住者だけでなく更地の不在地主からも一定額の管理費を徴収していることが多く、中には草刈を含めた空き地の管理料金も含めているところもある。

 しかし、分譲から長年経過した住宅団地では、多かれ少なかれ管理費が未納となっている区画が発生しているのが現状であり、そのような区画は管理費未納地として草刈りなどを行わない。管理組合としては、団地内の景観にもかかわることなので管理費の納入の有無にかかわらず全て整備したいのが本音であろうが、それでは未納者に対しての示しがつかないため、管理費未納地は基本的にどこの住宅団地の管理組合も放置している。
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香取市内の不動産業者の看板。つつじヶ丘団地には、北総の分譲地ではおなじみの草刈業者の看板がない。

 そんな中、成田市内の業者の看板に、珍しく売値が記載されているものがあった。ひどいところでは、分譲当時の10分の1以下にまで市場価格が暴落している限界分譲地では、現在の相場価格に基づいて査定した売値をそのまま書くと、高値掴みしてしまった周辺住民の神経を逆撫でする恐れがあるので、どの売地の看板も値段は書いていないのが普通だが、その土地は、よほど問い合わせが来なくて業を煮やしたのか、「価格80万円 73.8坪 法面あり」と明記されている。
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販売価格を明記した成田市内の業者の看板。分譲当初に要求された頭金の2倍の額が販売額。この価格を見て、当初の購入者は何を思うか。

 法面部分の面積がどれほどのものかは看板を見ただけではわからないが、管理費の納入が必要な旧下総町の限界ニュータウンの土地は、坪1万円にも満たないものがほとんどなので、80万円でも率直に言って安いとは言えない金額であるとは思う。

 しかし、既に紹介した分譲当初の新聞広告にある通り、このつつじヶ丘団地は、今から45年前の1976年の時点で、わずか40坪弱の最も安い区画でさえ390万円という価格で分譲されたものだ。1976年当時の賃金構造基本統計調査による大卒初任給は94300円なので、今日の賃金水準に照らし合わせて換算すれば1区画800万円近い額になるはずである。それが今は、80万円でも買い手がつかないところまで下落している。これまで散々地価暴落の事例を紹介してきて、今更驚くには値しないことなのかもしれないが、それにしても当時の販売広告を目にしてしまうと、その凋落ぶりには驚きを禁じ得ない。

 売地の広告を左手に見てさらに奥に進むと、南端の最上段部の残余地に小さな公園があり、その隣に集中浄化槽の施設がある。公園の遊具は、昭和の公園によく見られる安全性を度外視した鉄製の過激なものではなく、子供の怪我の防止に配慮した樹脂製の新しいものであり(ブランコを除く)、ここだけフェンスも真新しい。おそらく今となっては数える程度にしか児童は暮らしていないであろうこの団地でも、公園設備は更新し、新たな子育て世代を迎える準備は整えているようだ。
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団地の片隅の残余地を公園として利用している。

 公園は良いとしても不可解なのは集中浄化槽である。下水道網が整備されていない旧下総町は、多くの住宅団地で団地専用の集中浄化槽を利用しており、つつじヶ丘団地もその販売広告に、集中井戸と集中浄化槽に関する詳細な解説図が掲載されているが、前述のようにここは団地内で最上段部に位置する高台の上である。

 家庭内の雑排水の放出先である集中浄化槽設備が、ひな壇の最上段に設置される例はあまりなく、通常は調整池とともに団地内で最も低い位置に設置されるのが普通であり、わざわざ最上段に設ける理由がわからない。個別浄化槽で言えば、屋根の上に浄化槽を設置しているのと同じことである気がするのだが、果たしてどのような仕組みで、各戸の雑排水をこの最上段まで汲み上げているのだろうか。しかも販売図面には「集中浄化槽を通じて調整池へ」と記載されているが、その調整池が見当たらない。

 この構造では通常の集中浄化槽と比較してもより大きな負担が掛かっていることは容易に想像できる。それでなくとも集中浄化槽設備は見るからに老朽化しており、事実、この集中浄化槽はその維持管理がすでに限界に来ているという話も耳にしている。つつじヶ丘団地の戸数を考えれば、この際全戸とも個別浄化槽に切り替えてしまった方が長い目で見れば安上がりだと思うが、その合意を形成するのは容易ではない。これは古い分譲マンションでも見られることだが、既に高齢となり年金でつつましく暮らす世帯は、この先何年暮らすかもわからない、既に独立して別に住居を構えた子供世帯が戻ってくる見込みもない家のために、今更多額の費用を投じて共用設備を更新するのを躊躇うことが少なくないからだ。共用設備の維持管理とその行く末は、現在、多くの住宅団地が共通して抱える悩みの種でもある。
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集中浄化槽。なぜか団地の最上部にある。

 その集中浄化槽の隣に階段がある。階段の先は山林で、人が歩く程度の幅員は確保されているがその距離もわずかで、すぐに進入不能となる。特に整備されている模様はなく、何のための階段なのかは謎だが、おそらくこれは圏央道の開通とともに使われなくなった通路の残骸であると思われる。航空写真を見ればすぐにわかるが、この団地のすぐ東側には現在圏央道があり、団地内には圏央道の車両の走行音が絶え間なく聞こえてくる。

 つつじヶ丘団地の建設当時には、まだその構想もなかった圏央道だが、この現状を見ると、高規格道路の設置は必ずしも地域に恩恵をもたらすものではないどころか、かえって住環境を悪化させその資産性を押し下げる働きをも内包するものであることを痛感させられる。この立地で、静寂性を確保しきれない環境というのは、かなりの致命的要素の一つである気がしてならない。僕自身も、公共事業に何でもかんでも反対の意思を示すような気質ではなく、むしろ車で走る分には緑深くて交通量の少ない圏央道は好きな道路の一つであるが、それにしてもこの圏央道に過大な期待は禁物であると考えているのは、前回公開した「成田市名木 無風の分譲地」の記事でもお伝えしたとおりだ。
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集中浄化槽の脇に残された古い階段。
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階段の先にある通路はほとんど手入れされておらず、藪の向こうには圏央道のガードレールがわずかに見える。

 団地の最南部は大きな擁壁となっており、擁壁の上から団地の模様が一望できるところもある。見下ろす先は利根川であり、通過する成田線の電車も望め、なかなかの眺望だ。しかし、あいにくこの団地は北向きの傾斜地である。眼下に広がる開放的な眺望はすべて北側のものであり、採光の都合上、並ぶ家並みはすべて眺望を背に向け南側の擁壁に向けて建てられている。つくづく残念な条件だと思うが、おそらくこうした、あまり用途もない北向きの傾斜地の山林の取得費用が安かったのであろう。北総ではこうした、採光面とは真逆の傾斜地にある住宅団地を所々で見かける。
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団地の最南部。大きな擁壁で視界を遮り、冬季は日当たりも悪そうである。
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擁壁の上から北側を望む。田んぼの向こうは利根川で、眼下に成田線の姿も見え開放的だが、家屋は皆この眺望に背を向けて建てられている。

 さて、今回僕がこの団地を訪問したもう一つの目的は、昨年よりずっと売りに出されている、とある売家の見学であった。築30年で価格は350万円。北総の中でも、特に成田市は財政状態が良く利便性の割に地価が安いためか、以前から恒常的に格安の中古住宅は品薄であり、数百万円台クラスの中古住宅なら瞬く間に売却済みとなってしまう事態が続いているが、その一方でこのつつじヶ丘団地の中古住宅は、まあ取扱業者がポータルサイトに載せず自社サイトでのみ宣伝しているのが一番の理由だとは思うが、既に8か月間にわたって売りに出され続けている。
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成田市内の業者のサイトに掲載されている、つつじヶ丘団地の350万円の中古住宅。令和2年8月新規物件とある。
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350万円の売り家。

 売家は外壁も塗装されておらず、雨どいに蔦が絡みつくなどやや古びた印象は否めないうえ、駐車スペースも一台分しかなく、立地を考えれば価格は妥当なものかもしれないが、それにしてもこの価格帯でいつまでも成約せず残っているというのも、成田市内では珍しいケースである。旧下総町エリアは現在、旧来の小中学校はすべて小中一貫校の一校に統合されていてスクールバスも運行されているので、子供の通学も大きな問題になる立地ではない。やはりそれ以外の欠点が求心力を弱めているのだろうか。

 なお、団地内にはこの売家の他に、いくつかの空き家も見られるが、つつじヶ丘団地は、更地も含めて、その物件情報を目にする機会は多くない。まがりなりにも物件情報を自社サイトやレインズに載せている草刈業者が、ここには一切入っていないのも遠因の一つと思われる。空き家は荒れているものもあり寒々しい様相を晒しているが、ただ団地全体を見渡して、はっきり空き家と分かったものは2棟のみで、空き家の割合そのものは高くない。同じく旧下総町のビバランド団地は、全戸数の1割近くが空き家と化していたので、その違いは明白だ。(参照:「夏のビバランド団地空き家カタログ2018」)
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団地内の空き家。つつじヶ丘団地内の住宅の物件情報を見かける機会は多くない。

 全体としてつつじヶ丘団地は、開発時期の古さや立地、そして団地の規模から考えても、管理状態は良好なものであると思う。冒頭でも述べたようにこの団地は、厳格とも言える自主管理のシステムを構築したうえで維持管理が続けられてきた団地である。確かに後発の移入者は、いわば完成されたそのシステムに息苦しさを覚えてしまう副作用もあるのは僕にも経験があるのでよくわかる。

 だが、繰り返し述べるが、住宅団地という巨大な土木建築物を、半世紀という長期間にわたって良好な状態で維持し続けるには、どこかで必ず大きな負担を住民に強いるものであることは確かなのである。その負担を、今後未来永劫残し続ける合理性が果たしてあるのかどうか、多くの限界ニュータウンがそれを問われている時期に来ていると思う。共用設備の維持管理は、その問題を最も深刻な形で団地住民に突き付けている。これは僕の個人的な意見だが、つつじヶ丘団地は、今や団地の規模と比較して明らかに不釣り合いとなった集中浄化槽などの自主管理のシステムが、かえって団地内の資産の流動性を押し下げる一因となっているのではないか、という事である。

 団地の開発当初と今日で、最も変わったことと言えば、何と言ってもその地価と需給バランスであるのは確かだが、もう一つ、大きく変貌を遂げたことと言えば、新たに物件を取得する人の動機そのものである。今、駅からも遠い北総の限界ニュータウンを、都心通勤のためのベッドタウンとして取得する人はいない。地元出身者の多くは、区画が狭くて不便な古い限界ニュータウンは好まず、多少高くても近年分譲された市街地近くの分譲地を選択する。
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 限界ニュータウンをあえて選ぶ層は、不便でも良いから住居費の負担を抑えたかったり、あるいは特定のカテゴリに当てはまらない、独自の生活手段やスタイルを確立している方であり、その善し悪しはさておき、今や自主管理の原動力となる住民自治のシステムと相容れない層も少なくないのである。現に自主管理の行われていない分譲地が荒廃の一途を辿っている現実がある以上、自主管理のシステムに参画しない新規移入者を拒むスタイルも、それはそれで一つの手ではあるかもしれない。

 だが、それであるならば尚更、その負担に見合うだけの独自性を備えていかなければ、もはやこの人口減の時代において団地の未来はない。当ブログでは今後も限界ニュータウンの訪問を続け、そんな古い団地の解決策の糸口の一端でも、ささやかながら提供していければと考える所存である。
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つつじが丘団地へのアクセス


成田市高
・圏央道下総インターより車で5分
・成田線滑河駅より成田市コミュニティバス「しもふさ循環ルート」 「高・つつじが丘」バス停下車