朝日ボロアパート (9)
 2018年2月に、僕は八街市朝日にある崩落寸前の廃アパート「アビタシオン・エム」についてのレポート記事を公開した。1988年のバブル期に建設されたこのワンルームアパートは、築年数を考えれば、本来なら現役でもおかしくないはずのものが、専用の駐車場が設けられていないことが災いしたのか、築20年を経過した頃から無住の状態が続き、その後急速に荒廃し倒壊の危機に瀕しているものだ。

【参考記事】
八街「危険空き家」レポート』(2018年2月16日投稿)
台風15号 危険空き家の倒壊と植樹の倒木リスク(前編)』(2019年9月16日投稿)

 築30年程度の建築物が、なぜ倒壊の恐れがあるほど荒廃が進んでしまったのか、その詳しい事情については上記リンク先の過去記事をご参照頂くとして、当ブログにおいてはその後も、2019年9月に千葉県を襲った台風15号の発生後に、被災状況の確認のため再度レポートした。その他、急速的に崩落が進むその状況を定期的に確認して随時Twitterでも紹介していたのだが、今回、当アパートについて大きな進展があったので改めて報告する。
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2020年12月14日に撮影したアビタシオン・エムの崩落状況。
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2021年6月11日に撮影した同アパート。台風15号による大幅な損壊を経てから、崩落のスピードは加速していた。

 2021年8月30日に別記事のコメント欄において、読者様より、遂に行政によってこのアパートがパイロンで囲まれていたのを見かけたという情報のご提供を頂いた。上の画像にもある通り、同アパートは台風15号によって大きな損壊が発生して以降、急速にその崩壊の度合いが進み、まさに倒壊寸前の危険な状況に達していたが、これまでは特に敷地の封鎖などの対策は取られていなかったのだ。

 むしろこの状況までよくも放っておいたと考える方もいるかもしれないが、この建物は、返済中であるかどうかは不明だが、2021年9月2日の時点で未だ金融機関の抵当権が設定されたままになっており、市当局としてもむやみに行政代執行に踏み切れない複雑な事情があった。さりとて、あまり詳しい事情は書けないが、主に費用面の理由で所有者の自発的な解体もまったく望めず、八方塞がりの状況に陥っていたのだ。
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 県道側は印旛土木事務所の名前が入ったパイロンとバリケードで覆われており、「路肩注意」の看板が立てられている。僕が殊更このアパートについて継続的に言及していたのは、何よりこの県道すれすれに近接した立地が理由である。この県道は成田空港方面への抜け道として利用されている上に信号も少ないため走行車両の速度は速く、歩行者は多くないものの仮に倒壊したら大きな事故を誘発する恐れがあるためだ。

 県道から横に入った建物の裏側は、ネットを張ってより厳重に封鎖されている。既に裏側は、ほとんど原型を留めていないほど崩れ落ちており、おそらく路上に散乱した瓦礫を敷地内に戻したのか、無造作にアパートの残骸が積み上げられている。この崩れ方では、再度大型の台風が襲来した場合、県道側へ向けて大きな風圧が掛かることになってしまう。
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横道の市道側は瓦礫の飛散防止ネットが張られている。
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建物裏側は、既に原型を留めていない。

 以前の取材で、市当局は、危険空き家の予備軍としてこの建物の存在を認知していたことは既に伺っている。しかし、これまでほとんど対策らしい対策を取れていなかった状況で、今回のこの措置は大きな進展であるので、改めて八街市役所都市計画課に赴いて、詳しい事情を聞いてみることにした。

 前回の取材から3年以上経過しているため、当時対応していただいた職員の方は既に異動した模様で、応対いただいたのは以前とは異なる若い職員の方であったが、アビタシオン・エムの名前を挙げた途端、非常に改まった様子で、近くに居た別の職員の方まで同時に応対し、資料を確認しつつこちらの質問に淀みなく丁寧に答えてくれた。
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 職員の方々によれば、まさに僕がコメント欄で報告をいただいた8月30日、折からの降雨によって建物裏側が激しく崩落して市道上に瓦礫が散乱し、通報を受けて急遽バリケードの設置を行ったとのことであった。市当局はこれまでにも、建物の処理をめぐって再三所有者に連絡を入れていたが、さすがに今回の事態はいつ大きな事故が起きてもおかしくないということで、おそらくそれなりに強く所有者に対応を迫ったのだろう。長年放置を続けていた所有者もさすがに重い腰を上げたのか、その後数度現地に足を運び、業者を呼んで解体費用の見積もりを取っている様子とのことである。

 つまり経過としては、催促を続けていたとは言え、これで解体が行われれば、形としてはあくまで所有者の自費による解体ということで、市当局としては、事実上の公費負担(原則として代執行による解体費用の請求は行われるが、満額徴収の見込みは薄い)による解体を免れたということになる。
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 それより、異様な印象を受けたのは都市計画課の職員の方の対応である。どこの自治体も、総じて都市計画課や土木課などの職員は応対が丁寧で、些細な質問にも快く回答はしてくれるものだが、今回の八街市都市計画課の対応は些か丁寧すぎるというか、特に身元も明かしていない僕に対して、3人の職員が肩を並べて対応する姿はやや過剰にすぎるものだった。

 僕はこの問題について、市当局に責任があるという考え方はとらないので、威圧的な聞き方は一切していないのだが、思うに、市当局はこれまでにも、このアパートについて数限りない苦情や叱責を受けていたのではないだろうか。

 或いは、多くの方もご存知の通り、八街では少し前に不幸な交通事故が発生し、地元紙はその原因を、八街の貧弱な道路事情と無秩序な宅地開発に求めた報道も行っている。一向に改善されない道路事情を巡って、都市計画課への風当たりも強くなっていたのかもしれない。いずれにしても市当局としては、危険空き家の倒壊などという不名誉な事故によって、再び全国に汚名が轟くような事態は避けなければならないだろう。杜撰な都市開発の後遺症に苦しむ市当局の苦悩が垣間見えるような応対であった。
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 という事で、本記事執筆時点では、まだ当アパートの解体の報せは届いていないものの、市職員の方が説明した通り、所有者が工費の見積もりを取って解体を行えば、一応はこの問題は決着がつくという事になる。崩落間際とは言え個人の私有財産である以上、それ以上の無用の追及はすべきではないだろう。

 しかし、だからと言って、果たしてこれで一件落着、として、そのまま幕引きを図って良いものか。所有者にしてみれば、解体さえしてしまえば、心の荷が下りてすべて解決するのかもしれないが、間近に住む近隣住民は、10年以上もの間、この危険な家屋の存在に不安を抱え、時には飛散した瓦礫による損害を受けてきたのである。
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 それは別に、建物所有者に迷惑料としての金銭的な賠償義務があるとかそういう話をしたいのではない。当アパートを巡る対応は、所有者にせよ行政にせよあまりにもその場しのぎに過ぎるものばかりで、今回は、いよいよ建物の崩落が切迫した状況になってようやく解体に向けての話が進展することになった。そしてこれは、これまでに強制代執行によって解体されたすべての危険空き家も同様の経緯を辿っている。危険空き家は、突発的な地震や台風などの災害に見舞われれば甚大な被害を及ぼしかねない状況になって初めて解体が検討されるという、こんな場当たり的な対応をこれからも繰り返していくのだろうか。
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 このアパートに関しては、荒廃に至るまでの事情に奇妙かつ特殊な経緯があり、賃貸アパートの問題に一般化して語るのはやや不適切な面はある。しかし、危険空き家がもたらすリスクという点では、現在全国で深刻な社会問題化しつつある空き家問題のそれと全く変わらないはずだ。強制代執行はいわば私権への介入なので、今の運用を大幅に変えることは難しいだろうが、せめて、危険空き家を放置し続けることが、どれだけ高リスクなものであるか、もう少し具体的な実例を挙げて広報を行っても良いのではないだろうか。

 どの自治体の庁舎にも、空き家の適正な管理を呼び掛けるパンフレットの類は用意されているが、その表現はソフトかつ具体性に欠け、危機感というものがまったく伝わってこない代物だ。具体的な被害の実例や金銭的損害の詳細、強制代執行がもたらす社会的な不利益、近隣住民からの苦情への対応など、もっと詳細な内容であっても良いと思うし、パンフレットだけでなく、より人目について視覚的なインパクトの大きい映像という形で広報を行うのも一つの手だと思う。それと同時に、空き家の処分の成功例も併せて紹介したりするのもいいのかもしれない。

 民間のメディアはどうしても代執行による解体や近隣住民の声そのものに焦点を当てることが多く、空き家の所有者の事情に触れた報道は少ないが、しかし本来は、そこがこの問題を訴えていかなければならない層のはずなのである。そして多くの場合、現時点では空き家の所有者情報を追跡し、難なく接触できるのは行政だけだ。

 実例に挙げられる危険空き家の元所有者にしてみれば、それは汚点を晒される形にもなるかもしれないが、それまで周辺地域へ及ぼした著しい悪影響を考えれば、そのぐらいの不利益は受忍するべきではないのかなとは、個人的には考えている。ろくな管理もせず漫然と所有し続けるデメリットは、もう少しあってもよい。
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※2021年10月2日追記
 記事中で紹介した「アビタシオン・エム」は無事解体されました。台風16号の襲来前に概ね解体が完了していたので特段の被害を出すこともありませんでした。
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