万策尽きて山河あり

管理不全
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 久々の更新になる。仕事が立て込んでいて、なかなかこのブログの更新に時間を割くことができないどころか、管理画面にアクセスすることもない日が続いていた。更新は行わなくとも、実は今でも限界分譲地は定期的にあちこち訪問してはいるのだが、それは仕事に関するものなので、現時点ではこの場で公開することができない。

 その点については、来年初頭には詳細を発表できると思うので気長にお待ちいただければ幸いだが、写真資料の収集のためにこれまで記事化した限界分譲地をいくつか再訪していたところ、さすがに数年ぶりの訪問となると、記事の公開当初よりも、良い意味でも悪い意味でも状況が変わっているところがいくつも見受けられた。

 「良い意味」と言うのは、例えば長く放置されていた空き家が綺麗に修繕されて新しく住民が暮らしていたり(これが予想以上に多い)、傷みが進んでいた共用部や団地内の看板などが再塗装されていた、といったものである。そして「悪い意味」というのは言うまでもなくその真逆の状況だが、今回紹介する限界分譲地は、はたしてこれで良いのか悪いのか俄かに判断し難い状況に達しており、現在の北総におけるやや倒錯した不動産市場をよく表しているので、短い報告となるが今回改めて紹介することにした。

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 この分譲地は「東金市滝沢 万策尽きたミニ分譲地」の記事で紹介したごく小規模な分譲地で、公開からおよそ4年弱が経過する古い記事であるが、紹介した時点で既に荒廃が進んでいた不便な限界分譲地である。家屋はたったの4棟。空き家は荒れ、1棟建つアパートは、駐車場におびただしい量のゴミが散乱するなど無残な状況であったが、基本的には4年後の今も状況は何も変わっていない。空き家に関しては、むしろ以前よりもさらに多量の蔦に覆われ、より荒んだ印象になっている。

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4年ぶりの訪問となった東金市滝沢の限界分譲地。
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4年後の今も無住の空き家。蔦の量は以前よりもさらに増えている。

 

 分譲地奥にある、戸建てを改造したらしき賃貸アパートも、いくらかはゴミの量は減ったようだが相変わらずの状態で、2階の居室のベランダにも未だ古タイヤが放置されたままである。一応「入居者募集」の看板こそ出ているものの、このアパートの募集広告が不動産情報サイトに掲載されていたことはなく、おそらく住民もいない。

 気になるのはこのアパートの真裏にある一軒の民家で、ここは前回の訪問時は確かに居住者がいたのだが、今回再訪してみると、表札は剥がれ、玄関回りも雑草で覆われ、雨戸も締め切られており、人が住んでいる気配があまり感じられない。なぜか駐車場にはまだ新しい綺麗な車が置かれているのだが、その車の新しさと家の荒れっぷりが実にアンバランスで、果たしてこの家の住民のものであるかも不明だ。

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ゴミが散乱するアパート。入居者募集の看板にも蔦が絡む。

 空き家に関しては、実はこれまで当ブログで「空き家」とほぼ断定していた家屋が、実は後になって居住者がいることが判明したものがいくつもあり(一歩間違えれば訴訟沙汰かもしれない)、今頃になって、見た目だけで迂闊に判断できるものではないと痛感している。しかしこの分譲地の家々に関しては、少なくとも丁寧に管理されているとは決して言えないことは事実であり、つまりこの分譲地の4戸のうち3戸は少なくとも空き家か、あるいはそれに極めて近いコンディションの「予備軍」ということになる。こうなるともはや「万策尽きた」どころか、いよいよカウントダウンの鐘の音が聞こえ始めていると言っていい。

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分譲地の荒廃はさらに進み、今や4棟のうち3棟が劣悪な管理状況にある。

 辛うじて、前面道路に面した1区画だけきれいに菜園が拵えられているが、その一方で、地主が草刈業者への管理の依頼を止めてしまったのか、立札が裏返され、雑草が伸び放題となってしまった空き地もある。僕が暮らす横芝光町の分譲地にも同様の区画があるのだが、以前は管理されていたのに、最近になって草刈業者の管理が入らなくなってしまった区画というものがあちこちに出始めている。

 地主がついに、売れる見込みもないまま草刈り費用を払い続ける不毛さに気が付いてしまったか、あるいは相続が行われて、新所有者が草刈りは不要であると判断したのか、事情は色々あるだろうが、草刈業者としても、漫然と草だけ刈り取っていれば良いという時代でもなくなりつつあるようだ。

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1区画は菜園として今も耕作が続けられている。

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菜園として活用される区画がある一方で、立て看板が裏返され、管理が入らなくなってしまった空き地も。(画像左)

 ところでこの分譲地には、菜園用地としての需要に最後の望みを託した「貸し畑」の区画があったのだが、今回訪問してみると、その立看板は生い茂る篠竹を手で搔き分けてようやくその所在が判明するほどまでに埋もれてしまっていた。もはやこの看板を通りがかりに発見することは不可能で、仮に畑として利用したいと考えてとも、登記簿を見なければ地主の連絡先も分からない。そう遠くない将来、この看板は地主の一縷の望みと共に原野に還り、この先、何かの事情でこの土地が再び開墾されて初めて、ここが実は「貸し畑」であったことが判明することになろう。

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原野に還る「貸し畑」の看板。

 そんな荒廃した限界分譲地であるが、4戸の家屋のうち、1戸だけは今でも住民が暮らしている。その家は、4年前の訪問時は、おそらく居住者だけが「資産」と信じ込んでいたであろう大量のお荷物が敷地内に散乱していたので、前回の記事でもあえてその家だけは写真に収めず本文中でも遠回しな表現での言及にとどめていたのだが、その後しばらくしてこの家は物件情報サイトに貸家として掲載されて入居者を募集していた。

 今回の訪問時では、晴れてそのお屋敷の前住民は退去し新しい居住者が入居しており、家も以前のように散らかることもなくいたって快適そうな住まいであった。元々貸家だったのか、それとも前住民が売りに出して新たに貸家として転用されたのかは分からないが、この建物は今後も現役の住戸として活用が続くことになるのだろう。それ自体は、誰の文句も挟む余地もない原則的な住戸の活用方法である。だがこの分譲地に限って言えば、果たしてそれが良い結果であるのかどうか判断に苦しむところがある。

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 すでに当ブログでも幾度か触れているように、昨今の北総エリアの中古住宅は、首都圏の中では手頃な価格の物件が多く出る地域という事で数多の不動産投資家から大きな注目を集めており、数百万円クラスの安値の物件が出れば瞬く間に成約して、しばらく後に貸家として入居者を募集するという状況が続いている。それは、借りたい人よりも貸したい人の方が多いのではないかと勘繰ってしまうほどの活況ぶりである。

 新型コロナウイルスの発生地となった中国においても、コロナ禍で製造業やサービス業が低迷する一方、不動産投資は活発に行われていたと聞くので(ややバブル崩壊の兆しがみられるが)、我が国も中国と同様の状況にあるのかもしれない。例えばこの分譲地で長年放置されている空き家にしても、(価格にもよるだろうが)仮に売家として市場に放出されれば、今なら間違いなく収益物件としての運用を見込んだ投資家からの申し込みが入るはずだ。確かに利便性は最低だが、北総エリアでこれまで賃貸物件に転用された戸建の物件を見ても、重視されているのは物件価格ばかりで、分譲地のコンディションや利便性がシビアに見極められているとはとても言えないからだ(もちろん冷徹に見極めている投資家の方もいるだろうが)。

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 しかし、そもそもこの分譲地は東金の中心部から遠く、八街の不便な農村部に隣接した辺境である。最寄りの小学校であった東金市立旧源小学校は、2021年3月、児童数の減少により148年の歴史に幕を閉じ、今はさらに遠くの市立日吉台小学校に統合されている。そもそも分譲地の成り立ちそのものが、住宅用地として何の必然性もない立地に無理矢理開発された投機商品の成れの果てであり、最近はあまりこの言葉も聞かなくなっているが、仮に東金がコンパクトシティの政策を強力に推進した場合、この滝沢の分譲地など、活用どころか真っ先に淘汰されて然るべき辺境の住宅地である。

 同様の状況にある横芝光町の限界分譲地で暮らす僕が言うのもおかしいが、ほぼ無住に近い状態まで到達したこの地の最後の一棟を、しぶとく住戸として使い続けることが、長期的に見て果たして正しい住宅施策と言えるのか、非常に微妙なところである。景観や治安面での課題は残るが、いっそのことすべて空き家となって住宅用地としての利用も幕を閉じてしまった方が、長い目で見れば問題も少ないのではないかと言う気もしなくもない。

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周辺には他にも、住宅用地としての利用が続くミニ開発の住宅地が点在している。

 しかし、先程も述べたように、現在の北総の不動産市場は、そんな僻地の限界分譲地であろうと、売家が安く登場すれば必ず収益物件としての需要が生まれ、そして貸家として供給されれば、多くの場合入居者が付く。借りる側にしても、必ずしも皆が皆利便性の高い市街地を望んでいるわけではなく、安ければ周りがすべて空き家でも気にしない、むしろ、近所付き合いの苦労を考えれば空き家で良いとまで考える人がいても何も不思議ではない。

 その一方で、空き地は相変わらず「貸し畑」としての需要すらほとんどなく、事実上放棄された区画も多い。数は多くないものの、点在する賃貸アパートも総じて低調である。コロナ禍以降、北総の限界分譲地はこの需給バランスの歪みが顕著になっており、中古住宅の価格ばかり旺盛な需要に応じて上昇しているのに対し、地価そのものは公示地価も含めてまったく上がっていないどころか、むしろ下落している。

 そもそも人口が減少し少子化が加速している中で、住宅需要ばかり増加することなどあるはずもない。かつての日本でニュータウン開発が盛んに行われたのは、爆発的に増加する都市人口の受け皿としての需要が確実に存在したからだ。タダみたいな価格で物件を取得できれば収益物件としての勝算はあるだろうが、今のご時世で、この地は果たして永続的な投資の地としてふさわしい立地と言えるのかどうか。

 結局のところは今後も、長期的な展望を見据えた都市計画が入り込む余地がまったくないまま、活用と荒廃が混在する野放図な住環境がさらに面的に拡大していくだけなのだろうか。同じことばかり繰り返し書いている気がして恐縮だが、今の北総が、不動産市場として正常なものとは、僕にはどうしても思えないのだ。コロナ騒動の行く末同様、限界分譲地を巡る状況も、先の状況が読めない漠然とした不安がある。

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万策尽きた分譲地へのアクセス

東金市滝沢
・千葉東金道路東金インターより車で10分

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前回も同じことを書いていますが、相変わらず更新が途絶えて、コメントにもお答えできない状況が続いていてごめんなさい。コメントは返信していなくてもすべて読んでいます。来年は、このブログを軸に、限界分譲地調査の新しいスタイルにも挑戦していく予定で随時準備も進めていますので気長にお待ちいただければ幸いです。来年も当ブログをよろしくお願いいたします。

コメント

  1. 住めばみやこ? より:

    ストリートビューだとゴミだらけのアパートも「貸し畑」の立て札も健在なので、当時の雰囲気を楽しみたい諸兄はぜひ。

  2. 一読者 より:

    報道も始まっており、一部の政党も言い出しいますが、行政サービスが提供されるエリアの限定はもう時間の問題ですよね。放置エリアが多い千葉でも線引きがされるのだろうと思いますが、多くの限界ニュータウンは市街化区域に入るとは思えませんが、その時建築物の価値がどうなるのか?
    市街化地区に入ったものは値が上がるとして、安価な賃貸住宅の供給源として限界ニュータウンもしぶとく残るような気もしています。

  3. 鵺の飼育場の餌やり人 より:

    地域のコミュニティと切り離され、煩瑣な人間関係に悩まされないなら、何と素敵な…と思います。

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